もうひとつ厄介なものが書いてあった。「侵入記憶」だ。侵入記憶とは、過去に経験したトラウマ的な出来事が意図もなく想い出されることである。いわゆる“フラッシュバック”というものだ。侵入記憶はPTSDの主要な症状として広く知られている。侵入記憶のレベルで、PTSDの重症度を予見出来るとさえ言われ、これは侵入記憶がPTSDの主要な病理的な反応であって、この症状のコントロールがPTSDの治療の重要なポイントとなるからだ。厚生労働省のホームページのPTSDの項目にも、『PTSDとは、死の危険に直面した後、その体験の記憶が自分の意志とは関係なくフラッシュバックのように思い出されたり、悪夢に見たりすることが続き、不安や緊張が高まったり、辛さのあまり現実感がなくなったりする状態』と書いてある。清水センセのトラウマ的記憶がPTSDを引き起こすのでパニックが起きる。そのパニックを抑えるために薬を飲む。しかし、薬が切れて離脱症状が起きると、パニックの原因の侵入記憶がそのせいで引き起こされ、辛さの余り現実感が無くなるという解離が生じる、ということなのだ。こんな迷惑なマッチポンプはない。

 そこまで考えた時、僕はあることに気がついた。「離人感・非現実感は高力価のベンゾジアゼピンの急な離脱で起きる」。それって、あの時の? あの夜のトラウマの告白の時の4錠が引き金なのだろうか? それではこの清水センセのパニックは僕のせいなのか? あの告白を無理やりさせたことで、この解離が起きているんだとしたら。
 その時、また電話が鳴った。

「はい、岡本です」
「裕くん、いた」

 なにか声に脱力感があるのがちょっと気になるが、さっきより逼迫した感じは減っていた。

「少し落ち着きましたか」
「あ、うん…そうかな?」
「声はさっきより落ち着いてる気がしますが」
「薬飲めば治るって思ったら、気分的にちょっとマシかも」
「現実感は戻りましたか?」
「うーん…どうだろ」
「まぁ、飲んですぐですからね」
「効くまで電話してていい?」
「ええ、構いません」

 どうせ電話するつもりだったのだ。それに僕には責任を取らねばならない理由がある。