パソコンを打つ手が止まっていた。いつの間にか画面から視線が外れている。発作は起きないまでも、あの凍死の自殺屍体に引きずられているのか。

「俺が悪かった。ごめん」
「え、あ、いえ」
「とにかく、殺人の線は無くなった。岡本の鑑定のおかげだ。それを言いに来たんだがな。ついつい余計なこと言って、すまん」
「ええ、まぁ…仕事ですから」
「いつも、ありがとうな。あと、例の九殿山の死体遺棄もよく解決したもんだと思ってるぞ。岡本はやっぱり優秀だ」
「それにしか使えない人間なんで」

 ああ、もう、イヤだ。胸に何かがずっと刺さリ続けている。さっきから清水センセの顔が浮かんでいる。何もかも言ってしまいたくなる。だが、そんなことをして何になる? 僕はページを保存してパソコンの電源を切った。

「…帰ります」
「ああ、俺も行くわ。仕事中すまなかった」
「いえ、わざわざありがとうございます。鍵閉めるので出て下さい」
「ああ、じゃあな」

 幸村さんは軽く手を振ってドアを出て行った。静寂が戻ってきた。僕は席を立ち、応接用のソファに身を預け、そこからしばらく動けなかった。死にたい。僕も賭けてしまいたい。そう、何もかも言ってしまいたくなったとしても、言ってなんになるとあの男も思ったのだ。だから黙って神託に任せた。奥さんも不倫したとは言え、きっとなにか旦那にしかわからない理由みたいなものがあった。奥さんがゲスな不倫だったら、それこそ憎しみで復讐したくなっていただろう。
 いや、僕は人のことを好きとか嫌いとかわからないんだから、彼の、彼女の深い心境などわかるはずもない。僕はただ、人が傷つくと大変なことになるということを知っている。ただそれだけの保身なんだ。僕のせいで人が自分から死ぬのを見たくない。ああ、だからなのかな。彼もそうだったのか……もういい。わからなくても何も構わない。
 今夜、電話しよう。僕はそう決めた。今週末、僕は実験を敢行する。清水センセの準備はどうか。もう、この精神状態を保つのは無理だ。なんでもいい、結論が欲しい。この後に及んでもうどんな結論でも構わない。賭けだ。これが今の僕に出来るたった一つの賭けだ。