幸村さんはズカズカ入ってきたと思うと、僕のパソコンの画面を僕の肩口から覗き込んだ。近い。迷惑この上ない距離。

「昨日の白骨死体か?」
「ええ。あれ、古いですよ、たぶん」
「あー、こりゃ自殺じゃねーなぁ」
「ええ。同じこと菅平さんからも言われました」
「まあまあ、良かったつーか、残念つーか」
「邪魔です。用件はなんですか?」
「例の車の中の凍死の件、ようやく睡眠薬の出処がわかった」

 ようやく幸村さんは僕の背後を離れて隣のデスクの椅子に座った。

「知ってます。鈴木さんが堺先生に聞いたって」
「サイレースだったよ。酒と一緒にやったんだ、よく効いたろうよ」
「では、マスコミの件も解決ですね」
「まぁな。嫁と不倫相手のアリバイもちゃんとしてる。それから、新しい供述も嫁から出た。心中しようとしてたんだとさ、不倫相手と」

 心中。思わず幸村さんの顔を見ようとしてしまった。視線が合う前に慌てて画面に集中するフリをした。

「イヤな響きですね、それ」
「だな」
「詳細は聞かなくていいです」
「まぁ、だろうよな。でも、あの時岡本が言ってた『俺を置いていくな』は、不倫じゃなくて、心中のことだったのかってちょっと思ったな。まぁ何の根拠もないんだが」
「旦那は知ってたってことですか」
「今となっちゃもうわからねぇけどな。でも、それで先に逝った。二人で死なれて後に残るより、自分が先に逝く方を選んだって感じか。もしくは自分が死ねばバレて別れるんじゃないかと思ってたとか? 二人への復讐って線もありえるがな」
「あの声に、そんな憎しみはなかったですよ」

 それで“賭け”だったんだ、あの人。僕はあの、死ぬにはあまりにも曖昧な状況に答えのようなものを得た気がした。あいつらでなく俺が死ぬのが正解なら、たまたま薬が効いて酒でもっと深く眠れて、あんな人里でも見つからずに凍死で自死出来ると。

「賭けに勝った、んですよ。もう、いいでしょ? その話やめませんか」
「ああ、すまん…」

 だが、やめませんかと言った僕の中では“賭け”のさらにその先がなぜか続いていた。俺よりもあの男のほうが嫁に必要なら、俺が死んで、不倫がバレても、それをなお乗り越えるだけの気持ちが二人にあれば……思考が暴走していく。幸村さんを止めて、自分を止められない。賭け、賭け、一か八かの、文字通り命を賭けた、大博打。あの男はそれを実行したんだ。実行した。ただバラすことだって出来たのに、それだって充分過ぎる賭けなのに、なぜ死と生を賭けたんだろうか? なぜただ不倫をバラすより自分の生死を賭ける方が楽だったのか?

「…岡本? 大丈夫か?」

 その声にハッとして、僕は我に返った。