僕を止めてください 【小説】



 休憩が終わり、午後から引き続き作業だ。肋骨、肩甲骨、腸骨(骨盤の骨だ)、手根骨、手指の骨、足根骨、足趾の骨、その他、細かいものはいくつか欠けていたが、ほぼ全身の骨が解剖位に並んだ。まさに「白骨屍体」だ。写真撮影を始める。清水センセの大好きな、腐敗なし、男子の、骨。ああ、思い出しちゃった。ほんと思い出すとキツい。嫉妬はほんとに困る。今の僕は清水センセと一緒に幸村さんを思い出す仕様になっている。考えてみれば清水センセだけじゃない。幸村さんの嫉妬もタチが悪い。せっかくの静かな骨を前にしてなんなんだこの苦痛は。早くあの実験がしたい、などという有り得ない気分になってくる。だってそうじゃないか? 実験に成功すれば性衝動から解放された僕は幸村さんときっぱり決別できる。実験に失敗すれば清水センセの殺意が僕にとってなんの効力もなかったことになり、やはり清水センセと関係を断つことができる。一人でも僕から離れるべきだ。そのための理由と事実が欲しい。

「岡本先生、このケースは畑の所有者とDNAの照合をするとかってアリですか?」

 僕の思考を断つように菅平さんが再び唐突に口を開いた。渡りに舟、と、僕はそれに答えた。

「警察的に事件性があればするのもアリですが、これが明治時代とか幕末とか、もっと古いとそれは考古学の範疇になってきますからね。これからの捜査次第でしょう。親族に行方不明者がいるとかがあれば、そう言う判断も出来ると思います。でも今のところ骨に事件性というほどの情報がほぼほぼないですね。頭蓋骨に陥没や骨折があるわけではないし、ざっと見たところで刃物の傷もまだ見つからないですし。まぁ、白骨屍体は死因の特定は元々難しいので」
「おおむね警察次第、ということですね」
「ええ、そういうことです。取り敢えずこれから骨を詳細に見ますので、終わった順に撮影お願いします」
「はい、わかりました」

 僕たちは夕方まで作業とメモと撮影を続けた。思った通り、死因は「不明」だった。鑑定書が簡単になる。あとは警察の捜査次第だ。一通り片付けも済んだので、定時で菅平さんと鈴木さんは帰っていった。僕だけスタッフルームに残り、年末の真っ暗な夕方の中、手書きのメモをパソコンで電子化していた。

「よう、今日も寒いなぁ!」

 いきなり戸口によく知っている声がした。会いたくない筆頭の男の声。

「こんばんは」

 僕は画面から目を離すことなく、感情のない挨拶をした。