僕を止めてください 【小説】



「菅平さんが受けたということですか?」
「はい、3年くらい通いました。おかげでこちらに就職できるまでに回復してます」
「いろいろ…お有りになったんですね…」
「この件は堺先生しか知らないので、堺先生以外には言わないで下さい」
「もちろんですお約束します」
「よろしくお願いします。ですから、もし必要な時は言って頂けたらご紹介します」
「あ、はい。その時はお願いします」

 それきり菅平さんは「目的完遂」とばかりに沈黙した。ずっと僕に訊きたかったのだろうか。それとも今日の鈴木さんの言ったことがキッカケで思い出したのだろうか。それを訊く勇気は僕にはなかった。そして菅平さんが寡黙なのは性格とは他に、その過去のなにかの影響なのだろうか、と僕は想像してみた。
 しかし、今後の状況が案の定紛糾し、あの二人のことで打ち砕かれるかも知れない僕のメンタルをどうにかするべく、何かしらのカウンセリングやセラピーを受けて状況を打開するという引き出しはあっても良いのかな、と思い直した。実際僕が中高生の頃は寺岡さんがそんな役目をふんわり担ってくれていた気がする。それは朝まで眠れなかった昨日今日が僕にその妥協を考慮する余地を与えたと言って良い。その菅平さんの世話になった先生が本当に有能なセラピストだったら、だけれど。こんな不確定なものに自分の苦悩を預けようなんて、よっぽど追い詰められているんだな、と、自分のクリフハンガーっぷりを改めて認識する。佐伯陸の使っていたゲイ掲示板に投稿した以来だ、こんな発想。しかし、生きている人間に興味のない僕にしてみたら、多分、かなりシビアであろう菅平さんの評価が高いその見知らぬセラピストについては、僕の菅平さんへの信用もあいまって、“ワラをも縋る”のワラに成り得ると僕にしては微かな期待を生むほどだった。

 そのうち頭蓋骨と下顎骨が綺麗になり、長管骨も洗い終え、解剖台の上には頭蓋骨、下肢と上肢が実際の解剖位に並べられた。大腿骨の長さを測る。身長計数というものがあり、手足の長管骨1本の長さがわかればおおよその身長を割り出せるというものだ。計測と計算が終わり、約159cm〜165cmという結果が出た。頭蓋骨の傾向から概ね男性の骨であろうことはわかっている。骨盤が揃えば更に確定されるだろう。昼までに更に背骨を洗って頚椎から尾骨までが揃った。キリが良かったので昼休みになった。