「私は岡本先生に期待しているので、解剖でつまずかれるのは本意ではないんです。あまり先生個人のプライベートに踏み込むのは避けたいんですが、なにかお役に立てることがあったらいいなと思いまして。霊に取り憑かれると生気を奪われるなどと言うじゃないですか。そういう時には神社なんかでお祓いをしてもらったりしたほうが良いんじゃないかとか、勝手に考えてました。お気に触ったらすみません」
菅平さんがまたしてもサラッと爆弾を投げてきた。確かにそう見えても不思議じゃない。鈴木さんがオカルト好きなのだろう。とにかくこれは僕を心配してくれての意見なので、まずはお礼を言わなければ。
「いえ…ありがとうございます。気にかけてくださっているのは本当に助かりますので。でも、霊の仕業とかではないです。トラウマみたいなヤツです。僕の…心の問題なので…自分で解決するしかないです。すみません」
「それは自殺をオカルティックな精度で鑑別できることについてですか? それとも具合いが悪くなる件についてですか?」
「両方、ですかね…」
「両方ですか…そうすると、もし、そのトラウマが解消されたら、自殺の解剖で具合いが悪くなることはなくなるが、鑑別に支障が出る、ということになるんでしょうか?」
菅平さんの口調が少し困惑していた、気がした。実はこれからそれを実験する予定なんです、清水先生と一緒に、とは、ここでは話すことは出来ない。だが、実験の結果、性衝動と希死(菅平さんが言うところの“具合いが悪くなる”)が既に緩和されている可能性はある。とは言え今、それを言って期待させるわけにもいかない。この場でなんと言えば良いのかわからない。わからないので、素直にそう言った。
「どうでしょうか…」
「いえ、もし、なにかメンタルの問題であれば、カウンセリングなんかをちゃんと受けたほうがいいかと思っていたので。もしもうなにかなさっていたら余計なお世話なのですが、今のお話を聞くと、もしトラウマが解消したらその霊視みたいな精度が無くなる可能性もあるんですよね」
「うーん…まぁ、どんな現象でも“可能性はない”と言い切るのは科学的ではないですね」
「そうしたらトラウマを解消するのは賭け、ということになるんですか?」
「…賭けですが…多少は勝算はある気がします。理屈じゃない感覚なんで非科学的ですみませんが」
「そうですか。ご自分でわかっていらっしゃるのなら、なにか取り組んだほうがよろしくないですか?」
わかってるんならちゃんと治療しろって言いたいんだろう。だが、たとえ専門家にもこんなこと話せるわけがない。めちゃくちゃな現状もめちゃくちゃな過去も。守秘義務とかそう言う問題じゃない。実験が成功すれば僕はある程度解放されるのだ。しかし、ご厚意ではあるので、形だけでも肯定的なことを言おうと努力した。
「治るんですか? こういうの」
「過去に何かショッキングなことがあったということでしたら、そういうことを改善するようなセラピーはあります。よろしければ紹介します」
「良い先生がいるんですか?」
「私がお世話になった先生です。助けてもらいましたから」
思わぬところで平然と菅平さんの過去が薄っすら明かされる。なんだこの展開は?



