「この骨の埋まってた辺りは太平洋戦争で空襲とか受けましたか? 僕は地元じゃないので郷土歴史的なものには疎いですので」

 菅平さんは地元の人かそうでないか、などは、興味がないので聞いたこともないが。

「ああ、祖母が言ってましたが、疎開はしたが空襲はこの辺りはないって言ってました。海側の軍港には空襲はあったようですが、さすがに100km近く離れてますし」
「土葬とかでは?」
「近くに墓があるかは存じません。現場の写真では、人骨が埋葬の形ではないようだと。それで異状死体扱いになりました」
「この写真ですね。土葬の時代にお墓が土砂崩れで埋まって、後年畑が出来たということもありますかね」
「まぁ、そこは土地の所有者にはまだ聞きこみしていないんじゃないでしょうか。検分書にはそこまでの記述はないですね」
「確かに。とにかく洗いましょう」

 そこまで会話が続き、お互いもう言うことがなくなり、二人ともしばし作業に没頭した。骨の静けさで心が洗われるようだった。昨晩からの寝不足も、その原因の焦燥と苦悩も次第に治まっていく。静寂に浸りながら仕事に集中していると、菅平さんが作業したままの姿勢で、唐突になんの前置きもなく口を開いた。

「あ、ということは、自殺じゃないですね、この方」
「は? いきなりどうしたんですか?」
「岡本先生が具合悪くなってないので」
「ええ…そうですね。自殺じゃないでしょうね」
「今さら気が付きました。あの、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか?」
「え、なにか?」

 この流れで何を訊かれるのかとドキッとした。

「“ちゃんと、やんなさい”ってなんですか?」
「…え…?」

 一瞬、鳥肌が立った。死んだ彼女の言葉を、なぜ、僕以外の人間が知っているんだ?

「それ…なんですか?」
「あの時、呟いていらっしゃったでしょう?」
「ぼ、僕がですか?」
「はい、例の久殿山のご遺体の解剖中に」
「え? 僕がですか?」
「はい、2、3回呟かれてました。ご自分を激励されていたのかなと最初は思ったのですが、そういう言い回しは岡本先生はされないと思うので、なにかな、と」

 自分がしたはずの記憶はない。覚えのない行為が他人の口から語られる。呟いていたのか? 無意識で? 他人に聞こえるほどの声で。