寝ていない。昨日コインランドリーから帰ってくるときに気がついたことが、一晩中僕にのし掛かっていた。重さに藻掻き苦しんでいたら夜が明けていたのだ。何も取り繕えない。なにをしても上手くいく気が全くしない。この前出来なかった実験の結果を出すしか、やれることが無い。こんな日にホメられてもただただ虚しいだけだ。他の屍体の話だっていくらでもあるだろうに、なんで今日に限ってムエルテと凍死の屍体なんだ。神様からイジメられているとしか思えず、何の行いが悪くてこんなことになったのかと問わずにはいられない気持ちになる。答えはひとつ。生きた人への興味がないからだろう。誰かが言った、憎悪より無関心のほうが罪深い、だったっけ? いや、神様、興味がないなりに、生きている人を死なせないように関わらないよう努力しているんですが、その努力も間違ってるんでしょうかね。これは思いやりのうちに入りませんかね。そんな問いには誰も神も答えてくれない。

「すみません、岡本先生、午前中鑑定の準備なんですが、いいでしょうか?」

 いつの間にか戻ってきた菅平さんが上の空な僕にいきなり話しかけてきた。びっくりして声が裏返った。この人も気配がない人だ。

「はい? 僕ですか? 」
「昨日、畑に埋められていた白骨屍体が来てまして。堺先生は今日は忙しいので、出来れば岡本先生に鑑定してもらいたいと言付けがあります。まず、午前中は土を落とすのを手伝って頂ければと」
「え、あ、はい。出来ますが」
「昨日は遅かったので、ほとんどそのままなんです。田中さんは今日は休みで」
「わかりました」

 こういう手を動かす仕事のほうが眠気が覚めるので、今の僕にはありがたかった。骨を洗うのはとても好きだった。ただし自殺じゃなければ。もし自殺だったら…実験などしなくてもすぐ5分後にこの数日のすべての結論が出てしまう。そして僕は、どうなってしまうのだろう。いきなりやってきた天下分け目の事態に僕は内心、激しく動揺していた。

「堺先生は見たんですか?」
「いえ、まだです。身元不明、死因不明です」
「ああ、そうですか」
「今、それを鈴木さんがDNA解析中です。資料はこれです」
「はい」

 死者は生者の事情など待たない。それがありがたい。だが今、この状況で実験前に自殺死体を取り扱う可能性にいきなり触れて、安置室までの廊下で僕は緊張して動悸が止まらなかった。