葛藤と紛糾の週末が明けると、世間はそのニュースで多少ざわついていた。我が県のローカル新聞の1面と、三大紙の3面をその事件の顛末が飾った。朝のニュースでは政府関係と国際関連ニュースの次の3番手にその事件が報道された。我が法医学教室で扱った遺体がそのようなニュースになることは至って稀だった。紙の新聞、ワイドショー、ネットニュースにそれぞれ扇情的な見出しが踊っていた。

《久殿山の身元不明遺体、△原市で行方不明の女性と判明》
《自殺した母親の年金、同居の息子(47歳)が不正受給》
《年金詐取でも捜査、久殿山山中に死体遺棄容疑で逮捕》
《死亡は9月、10月に異臭騒ぎから死体遺棄へ》
《容疑者は遺棄は間違いないと自供、福祉事務所の通報で警察介入》

 月曜日の朝の職場に僕が姿を表した途端に鈴木さんが部屋の端から飛んできた。

「ビンゴです! ニュース見ました? 岡本先生! 自殺も、遺棄も! やっぱスゲぇなあ」

 あからさまにホメられたのだが、嬉しくもなく、供述と鑑定が一致したという、重荷を下ろした脱力とすれすれセーフの感覚だけが僕を支配した。

「良かった…」

 その一言以外に発する言葉もない。自分の席にストンと腰を下ろす。膝の力が抜けている。朝からコレじゃこの先が思いやられるな。鈴木さんはまだ僕の隣に立って興奮気味で話しかけている。堺先生は朝から授業でいない。

「自殺、やっぱり縊死ですよ、岡本先生」
「え、ええ」
「超能力者ですか? マジ、なんか常人じゃないよね」
「いえ…他のことが全部人並み以下なんで…これだけはマジで頑張らないと」
「特化ですね、本物の専門家ですよ。いやーでも、ほんとにうちのご遺体だったとはね! あのとき、ビンゴじゃないかって思ったけど、ほんとにうちのだったってわかると、マジかって思いますよね」

 申し訳ないのですが、そろそろやめて欲しいんですが、鈴木さん。僕、昨日の夜からほとんど寝てないので。

「あ、そういえば別件で、この前の凍死の遺体ですが、ようやく眠剤の入手経路がわかったみたいですよ」
「え? なんて?」

 いつの間にかなにも聞いていなかった。

「ですから、あの、廃車の凍死の遺体、自殺かどうかって週刊誌が騒いでたやつ」
「あぁ、それが?」
「ですからぁ、自殺に使った眠剤の入手経路がわかったって」
「そうなんですか。良かったです」
「SNSだそうです。大麻とかと一緒の」
「アレですか」
「アレでした。亡くなった旦那本人が事件の直前に発注してましたと」
「ちょっとは進捗したんですね」
「ええ、堺先生から聞いたんですけどね」
「はぁ」

 そこに菅平さんが鈴木さんになにかの確認をしに来た。鈴木さんと菅平さんは話しながら向こうに歩いて行った。菅平さんのおかげで僕にいくばくかの静寂が訪れた。出勤したばかりで椅子に座りながら寝てしまいそうになる。やばい。気が
付かないうちに寝ているかも知れない。