僕を止めてください 【小説】



「あの、乾燥機そろそろ終わりますので」
「あ、そうなんだ。時間の経つの早いなー」
「もう、気分の方は大丈夫ですか?」
「うん、全然違うよ。ありがとうね。付き合ってくれて」
「暇だったんで問題ないです」
「これからは中古車サイト見て気分転換できる」
「では、コインランドリーに帰ります」
「ありがとうね。ありがとう。変なこと言ってごめん」
「毎回のことですが毎回サプライズですね。でも先生は自分でバラすんでまだマシです」
「その程度の皮肉で済ませてもらえてほんとに有り難いよ」
「では、おやすみなさい」
「おやすみ。今日も幸せだった」
「じゃ、切ります」
「うん、切って」

 通話を切って、コインランドリーに入った。僕の乾燥機は終わる寸前で、冷却タイムに突入していた。僕にいろいろ教えてくれた女性はまだベンチに座って本を読んでいる。電話しているうちにいくつか乾燥機が空いていた。回転が止まったので袋に詰める。カラカラに乾いた洗濯物を詰め終わって袋を抱えながら、ベンチの女性にお礼を言った。

「さっきはありがとうございました」
「ええ、どういたしまして。出した人、すぐ来て持って行ったわよ」
「ええ、外から見てました。お世話になりました」
「はーい」

 一礼して外に出た。もう9時過ぎていた。来た道をそのまま帰る。水分が乾燥した分だけ帰りの荷物は軽い。さっきの電話の内容が脳裏に浮かんでくる。僕をストーキングするだけのためにプリウス買うとかって……おかしいでしょ。おかしいのは知ってるけど! 500万現金渡しておく、とかもだ。でもストーキングされるくらいなら、まだいきなり電話してくるほうが平和なものだとも思った。間が良いだけだったんだな。運の良い人だ。あんな時間の隙間を普通は狙えないのだ。多分、あの女性に声を掛けられなければ、あんなジャストなタイミングにはならなかったはずだ。“ユウ”しか手掛かりがないのに13年掛かって偶然僕を見つけ出しただけのことはある。でも、と思う。小学生で母親に性的虐待を受けることは運が良いとは言わないだろう。だが、どこかで彼になにか本質的な変容が起きたのかも知れない。父親の早すぎる死は不運だが、遺産が転がり込み、僕がこの街に居ることがわかった。それもその幸運のうちに入るのだろうか?