僕を止めてください 【小説】



「でも、看病して看取ってくれた息子に幾ばくか残せたんなら、お父さんも満足なんじゃないでしょうか」
「そうだと良いけど。でもね、今だから言うけど、僕はあの母との地獄の4年間の慰謝料をようやく支払ってくれたのかって、心のどっかで思ったんだよね。僕の苦しみはお金で解決なんか出来ないけど、今後必要なときが来るかも知れないって思うと、今になってその償いはアリかなって思えてさ。少なくとも今は、ありがとうって思える。だって、愛してる人のために惜しげもなく使えるお金って感謝でしょう? それに幼い僕が心底助けて欲しい時になんにも出来なかった父親なんだから、最期に息子を助ける機会が生まれたことに逆に感謝するべきだって、僕は思うんだよね。そもそも君が見つかってから父への憎しみも和らいでいったことを思うと、両親とも君に心から感謝するべきだって思うよ。あの世から君に頭を下げて欲しい。君の見つからない世界線では清水家はただの地獄製造機なんだから」

 昇華しかかっている呪詛というのはこういうものなのか、と、父親の遺産についての清水センセの見解を僕はある種の感慨とともに聞いていた。

「……今後は出来る限り現金化して家にストックしておいたほうが良いかもね。逃げる時とかATMで足がつくでしょ? 口座に入れとくのは危険だよね。君にもいざって時のために500万くらい現金で渡しておくよ」

 合鍵渡しておくね、とか言うくらいのさり気なさで、清水センセは凄いことを口にした。

「ご…500万って! そんなお金が家にあるだけでノイローゼになりそうなんですが!」
「えっ? 安心してくれないの?」
「いや、他人の謂れのない現金500万は神経が擦り減りますよ。自分で稼いだ金でしたらまだマシですが」
「わかった。じゃあ、100万にしておく。そうか、贈与税も掛からないし…」
「待って下さい。わかりました。今度、僕が大金を持っていなければならないシチュエーションをよくよく考えましょう。それでもし本当に金がなかったせいでヤバいことになる可能性があったら、そのとき考えます」
「わかったよ。君を説得できればいいんでしょ。まぁそれは置いといて、今度はプリウスじゃなくて何にするのがベストなんだろうか。君の屍体をバレずに乗せて運んだりする可能性も考慮して、やっぱりミニバンとかSUVだよね」
「ええ、まぁ」
「裕くん、好きな車とかある? あ、興味無いか」
「はい、全く」
「だったら販売店のセールスに条件に合うの聞くのが早いな」
「屍体をバレずに乗せられますかとか?」
「聞きたいよねぇ。でも大きめのキャディバッグって言うよ」

 気になって確認すると、そろそろ乾燥機の終わる時間になってきた。コインランドリーに足を向ける。