僕を止めてください 【小説】



「イレギュラーなんで。洗濯物を溜めたあとの雪の日くらいです。条件は非常に限られているし、なんといっても自転車使わないから」
「自転車使わないのか! これは捕捉できないね。今日電話して本当に良かったよ!」

 正直何が良かったのかよくわからない。しかし、僕は二人の人間に尾行されていたのだが、それぞれ全く気が付かなかったということになる。そりゃそうだろう。生きてる人間の気配などに興味がないからだ。

「プリウスって、ほんと音しないですよね。気が付かなかった」
「そのための…プリウスだから」
「そのため!?」
「あぁ、でももうそんなことしなくても良くなったから、数日前からプリウス買い換えようかなって思ってる。雪道でプリウスは車高低いから4WDでもちょっと不安だし。雪降っちゃったし」
「えっと、じゃあ、僕の顔を確認しにこっそり大学に来た時って……」
「あの時は死んだ父が乗ってたトヨタのWishだった。あれ、エンジン音うるさいんだよ。雪道には強いけど、ストーカーには最悪。ほんと隠れてる時ヒヤヒヤしたよ。走行距離も10万km越えてたし、次の日にプリウス買いに行った。中古だけど」
「次の日って……」

 お医者さんはお金持ってるなぁ……乾燥機の100円で悶々としている自分とのコントラストが眩しい。しかし悪びれながらもよくそんな裏話を本人に爽やかに話せるな、この人、と、僕は呆れながら感心した。毎回、不意の爆弾が1個落ちる。いつものことだけど慣れない。

「中古だし、あれは100万しないくらいだよ」
「そういうお金の量を見たことが無いです」
「日本に帰ってきてから忙しすぎて使う暇なかったからね。君のために使えるお金は嬉しいだけだから。それにあの時は本当に毎日が拷問みたいに苦しかったから、そんな面倒で高額な買い物で気持ちが紛れてたってのもある。あとね、ココだけの話、うちの父が結構遺していってくれたから。銀行マンだったから投資とかしてたみたい。再婚も女遊びもしないで、僕も当てになんないから老後の資金だったんだよって病院のベッドで話してくれたけど、結局老後になる前に逝っちゃった。癌の治療費も医療保険が下りたし、闘病生活も短かったから、ほんとにお金使わなかったんじゃないかな…バカみたいだよね」

 清水センセは不仲だったという父親のことを、初めてしみじみとした調子で語った。最期にこの親子は和解できたんだろうか。