(会ってみりゃわかるんじゃねぇの? 岡本の特殊な認識力で清水センセがどう見えるのか、正直俺が知りてーわ)

 どう見えたのか、僕が幸村さんにその実像をレポートする機会は永遠に無い。あの勘の鋭い、一度食いついたら離れることのない、僕のことを大好きな警部補はいつの間にか敵対関係に回った。現実主義の僕がこの事態を楽観的に考えてることなど一切ない。それを再認識すると、なぜか胸元にナイフが刺さったような痛みが走った。全てが不可逆的に変わり果てて、元に戻ることはないのだ。現在の状況を雑に見渡しただけでも、投網に掛かった魚みたいに絡み取られていく感覚が全身を包む。救いはただひとつ、あの夜できなかった《Suicidium cadavere負荷実験》を僕がどうにかクリア出来るかどうかだ。可能性は認めている。だが自信はない。実験を失敗して、清水センセから幸村さんにバトンタッチ、性欲の処理を自分から幸村さんに願い出て、いつもの夜を過ごして、そしてそんなこんなを清水センセにどう伝えたらいいのか。あの嫉妬深いセックス嫌悪症の清水センセが僕と幸村さんのことを知ったらどうなるか、想像しただけで身震いがする。いや、知っていると思っていた。あの夜、幸村さんじゃ君を救えない、と言われたのだから。でも僕の発作が性的なものだと知ったのは、清水センセが幸村さんに会うずっと前のAさんからの情報だということが先日わかった。ではなぜ清水センセは幸村さんには僕が救えないと言ったのか? 僕たちの関係を知っているとしか思えなかった。だが、どこで? そのことをあの夜以降、清水センセは僕に話さない。僕が言い出すのを待っているとか? それとも全く違う意図で幸村さんの名前を出したのか…訊くのも恐ろしい。あの夜に言われたことを全部覚えているわけでもない。焦燥と恥辱と渇望の中で発狂しそうになっていたのだから。だが、幸村さんには君は救えない、と言われたことだけは覚えている。もしかしたら僕はどこにも出口のない迷宮の中に閉じ込められて居るんじゃないだろうか?

 この景色に融けこんで、そして、今すぐ命を終えてしまいたい。関わった者たちを苦しませるだけの存在なんて、この世にいてはいけないんだ。

 融けた雪でトレーナーが胸元までビショビショになった頃に、後頭部の雪を払って僕は部屋に戻った。絶望感ですべてが面倒くさいが着替えた。洗濯物が溜まっている。とはいえ今日は洗濯しても乾きそうにない天気だ。朝飯はいつも通り省略。この天気はいつまで続くのか、だいたいここらの12月は月の半分は天気は悪い。パソコンを立ち上げてウェザーニュースを見る。週明けも降ったりやんだり、だな。休みのうちにコインランドリーで乾かすしか無いか。9時過ぎたら洗濯機を回そう。携帯のアラームを9時に掛けてもう一度ベッドに身を投げた。何かをしていないと気が狂いそうだ。メガネを外しながら、今頃清水センセもなにか思い出しながら考えているのかな、と、うつ伏せのまま目を閉じて推測する。ほら、こうやってずさんに他者に意識を向けてる。ダメだな、ほんとに。彼に死なれたら困るのは僕だ。それなら、既に死んでいる誰かに意識を割こう。もしくは、自分自身に。そのうちにその意識が曖昧になって、僕はいつの間にか二度寝に成功していた。