「細かくないけどね。もう、仕方ないな、大目に見たほうが良い?」
「ええ、治らないと思いますから」
「パンはおかわりあるからね。足りなかったら言って」
「いえ、1枚で良いです」
「食べ終わってから決めたら?」
「ええ、まぁ」
清水センセは母親のような物の言い方をした。そして、あ、と思い出したように僕に言った。
「パンより先にサラダだからね。食物繊維って血糖値の急上昇を防ぐそうだから」
そう言って、僕のグリーンサラダのお皿を指差した。また母親みたいなことを言い出す。生来世話焼きなのか、過干渉な母親の無意識の真似なのかはわからない。
「そうなんですか。知りませんでした」
言ったようにする僕は、サラダから食べ始めた。それを見た清水センセは満足そうに自分もサラダを食べ始めた。その後は二人とも黙々とランチを摂った。食べながら、清水センセは炒飯以外の物も食べるんだなぁなどと思ったりした。
食後に片付けを済ませて、居間のソファで二人で珈琲を飲んでいると、清水センセが真面目な顔で口を切った。
「今日は、ごめん。実験は無理、だな。ちょっとゆっくり色々考えたい。時間が欲しい。裕くんはどう?」
「それで結構です。元々、今回の訪問で実験するつもりはなかったですし」
「そうだね。君が僕に話がしたかったんだもんね。取り敢えず、帰る? 目的は果たせたってことかな?」
「ええ。僕が話したいことは一応言えたってことで、今回の目的は達成です。それから、僕もそのことを独りで考えたいです」
「わかった。じゃあ、送るよ」
「すみません」
「いいよ、気にしないで。送ってる間は一緒に居られるんだから。本当は全然帰って欲しくはないけど、でも僕もさすがに独りで考えたいかな。君が居ると君のことばかり意識してしまって、なにも考えられなくなっちゃうと思うし」
「そうですか」
「そうですよ」
そう言って清水センセは苦笑した。二人で珈琲を飲み干し、僕は帰る支度をして清水センセと車庫に向かった。昼下がりの空は少しづつ曇ってきて、気温がぐっと下がって来ていた。それから清水センセは無言で車を走らせた。この車で明るい道を往くのは初めてで、こんな景色の中を走っていたのかと僕は窓の外をずっと眺めていた。



