僕を止めてください 【小説】




 一言も話さずに玄関まで帰ってきた。居間に入ると「座っててよ。お昼作るから」とだけ言われ、そのあとダイニングカウンターに並んでトーストとサラダの昼ごはんを食べた。清水センセはトーストの半分にピーナッツバターとオレンジマーマレードをそれぞれ塗って、半分に折った。僕がその変な組み合わせを不思議そうに眺めていると、「アメリカ式PB&J」と教えてくれた。ピーナッツバター&ジェリーの頭文字を取ってPB&J。ジェリーはジャムのことだそうだ。

「僕も最初見た時、ゲッなんだこれ!って思ったよ。でもアメリカ人の同僚に無理やり食べさせられた。これがアメリカ人のソウルフードだって。それから、不本意ながらこれはアリだなと」

 統計によると、平均的なアメリカ人は高校を卒業するまでに一人当たり1500個のPB&Jサンドイッチを食べるんだそうだよ、と清水センセは付け足した。日本人ならおにぎりというところだろう。

「君は要らない?」
「えっと、どちらでもいいですが」
「ビタミンB群とかミネラルとか栄養素が気にするなら、ピーナッツバターだけでも塗ったら良いよ。これ、砂糖入ってないし。ほら、この前言ってた脚気防止になるよ。味とか気にしないんでしょ? ピーナッツアレルギーないよね」
「それなら貰います。ピーナッツって案外微量栄養素豊富なんですね」
「そうそう。おまけにタンパク質多いし、オレイン酸多いし、結構便利な食材だよ」

 ピーナッツバターをパンに塗るなんて、実家を出て以来初めてかも知れない。脚気にならないように気遣ってくれるのは有り難いことだ。隣から手が伸びてきて、僕のパンにピーナッツバターが塗られていった。

「実家で母親に塗ってもらった以来です」
「最低限、ね。君も家ではちゃんと考えてご飯作ってるって聞いたから」
「食べなければ死ねるのに、面倒です」
「生きる選択したんでしょう?」
「あっ、そうだった」
「もう忘れたの? 驚いた。大事な決断じゃなかったっけ。君が言ったんだよ? 前言撤回してさ! 僕はいつだって君をころ……」
「いえ、細かいところをうっかり忘れるのはもうそういう仕様なんで、今後もたぶん折々に出ると思います。この手の発言」

 ツッコまれるのが煩わしくなったので僕は話を意図的に遮った。清水センセは普通の話し方に戻っていた。墓地の帰りのあれはなんだったんだろう。