「一応わかってるんだ、自分で」
「ええ、まぁ。ナチュラリスト以上にリアリストなんで」
「え? リアリストなの?」
「少なくともこんな社会不適合者のくせにどうにか自分好みの就職してる時点で現実主義者だと自負してます」
「確かに。ニートになっててもおかしくないもんね。なんか君って意外に妙な図太さがあるよね」
「屍体だから死ぬ恐怖にまつわる感覚が無いから、ではないかと」
「そりゃそうだ」
清水センセはそう言うと嬉しそうに笑った。
「楽しいな」
「ええ」
「独りじゃなかったことがなかったから、こうやって誰かと二人で晴れた日の墓地を散歩しながら屍体の埋葬について語り合ってるなんて、こんな日が来ると思ってなかった」
「それは僕も思ってます」
「……迷惑じゃない?」
「迷惑ではないです。興味のあることをこうやって語り合うことが僕もなかったので、それが楽しいかどうか知りませんでしたが」
「僕は高校、大学の頃にサブカル好きな仲間がいたんで、ほんの少しだけこれのシュミレーションがあった。でも、そこにはガチの屍体愛好家がいなかったのと、男子学生特有のセクシャルな嗜好が常に付き纏ってて、それを避けるしかない僕はほとんど蚊帳の外だった。浮いてはいなかったけど、孤独には変わらなかった。母は死んだ後も僕に仲間を作らせないのかと恨んだよ」
「仲間が欲しいと思ったことがなかったので、それは僕にはわからないです」
「そうか。だよね。生きてる人間に興味がないんだから。じゃ、今は?」
「同じ興味について語り合うのは楽しいと思います。なかなか居ませんので」
「僕に興味はなくても、僕の屍体への愛には興味があるということだ。それは僕にとってはほぼ僕自身なんだけどな」
幸村さんにもかつてそんなこと言われたな、とそれを聞いて思い出した。お前の解剖はお前自身だ、だったっけ。
「これが生きてる他人に興味がある、ということなんですかね?」
「どうだろ?違うんじゃないかな。特定の誰かに興味があるというのは、その人について屍体以外のことにも興味を持つとか、他の誰でもないその人が話す屍体の話に興味があって、誰の屍体の話でも良いわけじゃない、この人じゃないと楽しくない、ということが起きるか、だよね。屍体の話なら誰とでも楽しいのなら、誰にでも首を絞められてイクってというのと同じでしょ」
「そうですね。でも先生はエロいことをしないのでそこを思い煩う必要がないので良いです」
「それが普通なんだよ。僕は君とこんな話を延々としていられれば、君が僕に興味があろうがなかろうが別にどうでもいいって気になったけどね。君が僕と並んで歩いていて、墓地で、気持ち良い陽が差していて。生きているものに興味のない君となぜか楽しく好きなことを話していられるこの幸せな時間は、何ものにも代え難いなって」
「死んだ僕をエンバーミングして一緒に暮らしてるのと比べたら、どうですか?」
僕がそう言うと清水センセは立ち止まった。僕は2、3歩先に進んで、振り返って彼を見た。その顔はなぜか無表情だった。
「どうしたんですか?」
清水センセは無言で首を横に振った。
「僕、なにか変なこといいましたか」
その問いにも答えず、彼は首を横に振った。そしてゆっくりと空を見上げた。
「帰ろうか。そろそろ昼も近いし」
「ええ」
何もなかったように清水センセは僕にちょっと微笑みかけ、また横に並んで歩き出した。再び東屋の脇を通り抜ける。少しうつむき加減の清水センセの横顔が僕の視界に入ると、その唇が微かに動いていた。独り言のようになにかを囁いているのだろうその声は僕には聴こえなくて、一体なにを呟いているのか唇は読めなかった。家に着く前にその独り言は終わっていたようだった。



