そのあと二人で居間に移動して水分補給した。僕は水、清水センセはカフェオレで。あの初めて会った夜に、パクパク独りでチャーハンを食べていた清水センセの場違いな食欲はなんだったんだろうか、と疑問が湧いたが、彼の母親の問題はあの日の緊張と狂気を遥かに凌駕する深刻さだったんだとそれで理解できた。
カフェオレを飲み終わる頃に清水センセが窓の外を眩しそうに見た。晴れている。今年は雪が少なくて、ほとんど積もっていない。
「気晴らしに散歩しようか? 隣のメモリアルパーク。好きでしょ?」
「ええ。好きです」
「僕も好き。休みの日は独りでよくぶらぶら歩いてるよ。少し歩いたらお腹もすくかな」
二人でアウターを羽織って玄関を出た。午前中の冬の冷気が心地好かった。
風はなく、日なたは日差しがほんのり暖かかった。霊園の裏門から入って行くと、東屋があり、その奥の広い整地に墓石が思った通り規則正しく並んでいた。遠くにチラホラと2、3人の墓参の姿が見えるが、それ以外はほとんどの区画に人はいなかった。納骨の団体もないし、法要も見えなかった。
静かだ。
僕達はアウターのポケットに手をツッコんで、並んでその間をゆっくり歩いて行った。足元には芝生が敷き詰められていて、薄茶色に冬枯れしていた。すべて同じ規格の横長の墓石が並んでいるので、目線を遮るものは木立しか無く、視界が広かった。遠くに山並みが見える。乾燥している空気は透明で、山の稜線が青空にくっきりとした境界を作っていた。時々どこかでカラスが鳴いている。
「アメリカもとうとう土葬より火葬の方がパーセンテージを上回ったってね」
「ああ、そうなんですか。火葬が増えてる話は聞いてましたけど」
「火葬の場合、墓じゃなくて散骨も多いね。墓地にバラ園なんかがあって、そこに皆が遺灰を撒いていくんだ」
「遺灰は有害な六価クロムが生成されるので、散骨の場合、還元剤で無害化処理するっていうのを聞いたことあります」
「六価クロムね。すべての遺骨に生成されるわけでもないらしいよ。散骨代行サービスで六価クロムの検出してから処理するかしないか決めるって」
「火葬って大量の燃料が必要ですよね。車が1ヶ月に排出する二酸化炭素量を一体の火葬で排出するし。アメリカの人口で火葬が主流になったら環境に悪そうです」
「ああ、まぁそう言うよね。ダイオキシンなんかの排出量も火葬場は4位だっていうから。でもダイオキシンの発生源って副葬品を一緒に燃やすかららしいけど」
「そう言う意味で、環境負荷的にも火葬は“持続可能な目標”ではないと思いますね」
「まぁ、そうかも。君って結構細かいこと考えてるね」
「そうですか? 屍体のことならなんでもずっと考えてます」
「まぁそうだよね。僕はあるときから考えることが“君のことが90%、他の屍体についてが10%”くらいになってるから、メタな屍体についての細かいことを考える時間が減ったのかもね」
「そうなんですか」
「そうですよ」



