遠いところでブオォォォンという騒音が聞こえている。何の音かわからないまま、寝ぼけた頭で聞くとも無く聞いていた。ここはどこだっけ? いま何時なんだろう? あの音なんの音? 眠い。寝起きはいつも悪い。

 だんだん目が覚めてくるに従って、意識と記憶が戻ってきた。ああ…清水センセの家だっけ。泊まってもやっぱり何も起きなかったな。泥のように眠っていたので何かが起きてもわからなかったけど。膀胱がかなりいっぱいになっているのに気づく。そろそろ我慢ができなくなってくる前にトイレに行かねば、と、仕方なく動かない身体を起こした。ホントは屍体は起きないのにな…今日もまた起きてしまった。

 メガネを掛けて寝室のドアを開けると、ソファには清水センセの姿はなかった。居間の窓の外はもう明るい。壁の時計を見ると9時ちょっと過ぎを指している。案外早く起きたんだな、とぼーっと考えながら、昨日教えてもらったトイレへの順路へ向かうと、ブオォォォンという騒音が大きくなった。
 Tシャツとトランクスのままで廊下に出ると、洗面所のドアが半開きになっていて騒音はそこから聞こえていた。ドライヤーの音だろうと気がつく。清水センセもそこにいるであろう。風呂にでも入ったのだろうか。動けるようになっているんだな、と、ちょっと安心した。驚かせないように開いている扉をノックし、ドアから顔だけ出して、上半身裸で濡れた髪を熱風で乾かしている清水センセに朝の挨拶をした。

「おはようございます」
「裕くん…」

 せっかくびっくりさせないようにしたのに、清水センセは驚いたような声で振り向いた。メガネをかけていない。騒音が途切れた。

「思ったより早起き」
「自然に目が覚めました」

 清水センセは僕を眺めたまま茫然としている。いつの間にかドライヤーを持つ手がだらんと垂れ下がっている。急に膀胱が逼迫してきた。

「あの、トイレに起きたんで、トイレ借ります」
「あ…ああ、使って」

 急いで洗面所の隣のドアを開けた。用を足してホッとしていると、再びドライヤーの音が聞こえてきた。すっかり目が覚めてしまったので、このまま起きようと思った。