「別にタクシー代なんて気を遣わなくていいんだよ? あ、帰る前にお願い。使っちゃって悪いんだけど、僕の寝室の押入れから羽布団持ってきてくれないかな? 一番右の上にクリーム色のがあるから。あと、僕のベッドに枕があるからそれと」
「了解です」

 言われたように持ってきた羽布団を清水センセの上に掛け、枕を頭の下に押し込む。小さい頃、こんな風に母がしてくれた記憶が役に立つ。

「も少し頭上げて下さい」
「ふふ…裕くんに世話してもらってる。ありがと。嬉しくて気が遠くなりそう」
「そうですか。気が遠くなればすぐに眠れそうでなによりです。別にこれくらいはしますよ。あと、よろしければ泊まらせてもらってもいいですか?」
「泊まってくれるの? いいの? ほんとにいいの? 怖くないの? 無理しないでよ? 僕は何もしないけど…今日は特になにも出来ないけど」
「ええ、知ってます。もう、疲れて眠くて立ってるのも辛いので」
「わかった。君は僕のベッドで寝てくれればいいよ。さっきの押し入れに客用の枕があるから、君はそれ使って」
「はい、すみません。泊まります」
「トイレは玄関に行く廊下ね。洗面所はトイレの手前のドア。お客用の歯ブラシは洗面所の鏡を開けると左にあるよ。勝手に出して使って。パジャマ要る?」
「いえ、Tシャツとトランクスで寝ます。疲れてるのにいろいろすみません」
「いいよ。泊まってくれるんでしょ? 明日の朝起きたら君がまだ居るんでしょ? もう何も言うこと無いよ」
「じゃあ、寝る支度します。お言葉に甘えて歯ブラシ貰います。電気は?」
「ああ、リモコンあるから、ここに。寝室に行く時にでも消してって」
「はい」
「じゃ、おやすみ。朝は寝たいだけ寝てて。水は勝手に汲んで飲んで」
「そうします。おやすみなさい」

 洗面所から帰ってくると、ソファの方からすすり泣く音がした。二十年分のカタルシス。そんなすぐには終わるわけはないだろう。布団を頭までかぶっているので顔は見えない。ティッシュの箱を取って、清水センセの手の届く床に置いた。

「ティッシュの箱、ここに置きます」

 テーブルの上の照明のリモコンを切る。暗がりの中でかすかに声がした。

「…ありがと」
「いえ」
「…ごめん」
「いえ」

 寝室のドアを閉めた。そのうち嗚咽の音がドアの隙間から漏れてきた。大人が子供のように泣くのを聞くのは、いつも切ない。