僕を止めてください 【小説】



 死骸と本。僕と同じものが好きだった清水センセの少年期。でもその理由は少し異なるのかも知れない。僕は誰かと遊びたいと思ったことがない。清水センセはそれを禁じられた中で、次第に嗜好が傾いていった。だから僕に興味を持った。生きながら死んでるから。僕が生きてるものに興味がないと知ってはいなかっただろうに、母親はもういないのに、怒られないように傷つけないように自分に反応しない僕を無意識に選んだのだとしたら。

「どっかの男と不倫でもしてくれたほうがマシだったんじゃないかって思うよ。きっとその日も人肌が恋しくなったんじゃないかな。女子も性欲の強い人は我慢できないって言うし。親父とはセックスレスだったんじゃないかなぁ。でもさぁ、子供を性の対象にするって、駄目でしょ、おかしいでしょ。それはさ、ダメなんだよ」
「ええ、そうですね」

 だが、彼女は人肌が恋しいだけじゃなかっただろうと思えた。これは、母親の独占欲を超えた自分の息子へのネジ曲がった恋情ではないのか。清水センセは気づいてないのだろうか。いや、気づいていても認めたくないだろう。自分の母が、仮にそうだったとして……と想像すらしたくなかった。
  
「別にうちはお金がないわけじゃなくて、家もまあまあ大きくて、おかげで私立の東京の医大に行かせてもらえたし、世間的に言えば中流の上くらいの家だったけど、母親はお見合いで結婚したみたいでさ、あんまり父親が好きじゃなかったんだろうね。お互いに笑い合っているのを見たことがないし。大手の銀行マンで堅い仕事だったから、暮らすのには困らないから結婚したけど、みたいなことを実家の親とかと電話で話してるのは記憶に残ってるなぁ。今なら父親も仕事が忙しすぎて疲れてたんだろうって想像はフツーに出来るけど、子供じゃわかんないよね。だって母や僕にも通りいっぺんのやりとりしかしてくれなかったしなぁ。メシ、風呂、晩酌、寝る、勉強しろ、ママの言うこと聞け。子供心に、よそよそしい父親だなって思ってた。もしかしたらずっと母以外の誰かと不倫とかしてたのかも知れない。好きな女の人との隠し子とかね。僕にわからないだけで、母は気がついてたかもだし。もう二人共死んじゃったから、本当のところは全然わからないけど……でもあなたの言いつけ通りママの言うこと聞いてたら、僕はあなたの替わりをさせられましたって。最悪だよ」