「あの……先生は、失神した僕をどうするんですか?」
「どうするって? そうだね。とりあえず問題が起きなければ、目が覚めるまでバイタルを確認していると思うよ」
「なんで……犯さないんですか?」
それを聞いた清水センセの目から、凄まじい怒気が放たれた。
「あいつと一緒にするな!」
そう怒鳴ると同時にソファの座面を拳で殴りつけた。怒りでしばらく呼吸が乱れて収まらないようだった。
「すみません」
思わず写真集を抱きかかえていた。すぐに僕が謝ると清水センセは慌てて目をつぶり、長い深呼吸を繰り返した。少ししてから彼は目を開いた。
「ねぇ、なんでそんなこと言ったの?」
そう訊いてくる彼の声は上辺だけ冷静さを帯びていた。
「すみませんでした。でも、好きと言われて犯されなかったことがないから」
「酷い話だ」
「不思議だったんです。なぜ先生は僕を犯さないのかって」
「僕は屍体を性的な目で見たことがない。だからだよ、あの男が許せなかったのは!」
「あの人は殺したかったし、殺して犯したかったんです。犯しながら殺したかったのかも知れません。ということは先生はネクロフィリアじゃないんですね」
「君もだよね」
「そうです。では、先生には性欲はあるんですか?」
今までいつでも出来るタイミングはいくらでもあったのに、たった一度抱きしめられただけで、いつまでたっても犯されないのを僕は不思議に思っていた。屍体に性的なものを感じないなら、僕を犯す必要がないのだ。それは驚きだった。では清水センセは何で欲情するんだろう?
「性欲は嫌いだよ」
「嫌い?」
「ああ、大嫌いだ。虫唾が走る」
「珍しいですね」
「そう? 君もだよね」
「はい。僕以外に性欲が嫌いな人を始めて見ました」
だが、清水センセは急に口を閉ざした。顔がこわばっているように思えた。
「やめてくれないかな。僕にその話をさせないで欲しいんだけど」
「わかりました。すみません」
「君のせいじゃないよ」
「僕の動画のせいですか?」
「それもあるけど、もっとこれは根深いんだ」
「そうですか」
怒気が薄れた後の強張った清水センセの顔は少し白くなっているようにも思えた。血の気が引いているのかも知れない。
「辛そうですね」
「わかるんだ」
「ええ。顔色が白っぽく変わりましたから」
「気分が悪い」
「大丈夫ですか?」
「実験中じゃないの? 本を開きたくなくて先延ばしにしてるの?」
「違います。実験の結果にちゃんと対応して欲しいので、不調は回復してからの方がいいかと」
「ああ、そうだね。君の言うとおりだ。都合よく僕は体調が悪くなったわけだ」
「そういうわけではないです」
そんなことを言っているうちに、清水センセは本当にソファに横たわっていった。



