僕を止めてください 【小説】




 それが終わるのだろうか? もしも今から行われるであろう実験が失敗した時、僕はあの発作をこの人に曝すことになる。清水先生あなたでは無理でした、という宣告と共に。幸村さんに監禁されたタイヤ倉庫の悪夢のような時間に現実の失望を重ねて嫉妬まみれにした最悪の時間が来る。様々な実験をしてきた。誰に首を絞められても射精するか、人たらしの大学教授に抱かれたら気持ちよく成れるのか、恋人が高校生になってもまだ性欲を感じることが出来るか、自殺の画像で性欲に取り憑かれた時にミントと保冷剤でそれが緩和されるか、自殺と他殺の写真をきれいに分けられるのか、どれだけエロいことをされてもその気にならないか、そして今から行われる、殺意を保険にして自殺画像を見ても発作が起きないかどうか。新しい実験ファイルがこれから追加される。発作が治癒するのか、振り出しに戻るのか、どちらにしてもその先は見えない。
 
「表紙を、開いたら? 君が何を愛したのかがわかるんじゃないの?」

 その声は思いがけなく優しく響いた。自分の敗北の可能性をわかって、それでもこの人は嫉妬をバネに、僕の現在地を測ってくれるのだ、と僕は感じた。この発作を見る前から苦痛だとわかってくれる人は他にいるんだろうか。それはそれで稀有なことではないかと思うと、僕は羞恥に閉ざされた口を開いた。

「あの……先生は……僕の発作が出たら……僕の首を絞めて落とせますか?」

 実験を始めることが前提の問い。だが、それを確認しないと。

「なぜ?」
「発作が治まるから、です」
「落とせるよ。でも君は頸動脈洞症候群でしょう?」
「はい。それで死んでしまったらその時はそういう病気だったって、供述して下さい」
「ああ、そうするよ。でも僕は仮にも医者だからね。AEDもあるし、β遮断薬とかエフェドリンも用意がある。意識を落とすのなら鎮静剤という手もあるんだよ。内視鏡の検査では普通に使う薬剤で僕はよくわかってる。今君を死なせないから、絶対に」
「そうですね。こんな状況では死なない方が良いです。お願いします」

 そう言いながらふと僕は思った。失神した僕をこの人はどうするのだろうか、と。いままで一度も性的な接近をしてこない清水センセを僕の経験から“有り得ない”と思うのは当然のことと言える。僕に気づかれずに犯せるのは失神して鎮静剤でも投与すれば出来なくはない。佳彦と同じことをしたい、あの動画を見てそう望んでいる可能性も無くはない。それとも死んだようになった僕を芸術を鑑賞するかのようにただ眺めて恍惚とするだけなんだろうか? 場違いな好奇心というのはわかっている。でも僕はどうしてもそれを確かめずにはいられなくなった。