僕を止めてください 【小説】




「Aさんとあの男が上映会後の感想を互いに話したって聞いた。君がそれ以降どうなったかという話題になって、あの男は君が壊れちゃったと言ったって。それは僕も聞いた。でもどんなふうに壊れたか、そこまではあいつは僕には言わなかった。でもAさんにはこんな風に言ったって。『自殺屍体の写真を見るだけで発作のような強烈な性的興奮が起きて、自分ではどうしようもないほどおかしくなる。首を絞めて落とさないと止まれない』って。自分と別れてから、自分に抱かれたいのに会えないから、だから自分以外誰もあの子を救えないって言ってたって。『だって他でもない僕に抱かれたくて苦しんでるから』って。知り合いの誰かがその発作を治療してるみたいだけど、どうせ治んないだろうね、と言ってたらしいよ」
 
 激しい羞恥で身体が固まっていた。清水センセがあの夜、それを知っていると聞いた時と同じように。
 寺岡さんは僕が聞いたよりももっと詳細に佳彦に状況を説明したのかも知れない。よくよく考えてみれば、あのとき自暴自棄だった寺岡さんは隆と僕の出会いの原点である変態司書に会ってみたかったのは当然といえた。佳彦は隆と乱交パーティみたいのに参加して一緒に同じ子を犯したりしていたと言っていた。それを寺岡さんが多分聞いていて、佳彦にも嫉妬のような感情を抱いていたのかも知れなかった。もしくは、この男が狂った岡本裕をもう一度小島隆から奪い返せば、寺岡さんは最愛の男と結ばれるかも知れない、と考えて接触していたとしても不思議はない。策士の寺岡さんならそう言う誘導も可能なはずだった。あの時はそんなこと思いも付かなかったけど。その佳彦は嬉しそうだった、と。恍惚としていた、と言っていた。それは生きてる人間に興味がなくて好きも嫌いもわからない僕が、誰にでも首を絞められて射精する僕が、他の誰でもないこの自分に抱かれたくておかしくなったと佳彦が思ったからなのだった。

「君の言う発作って、頭がおかしくなるって、そのことだよね?」

 答えたくない。

「君をこの目で見たあの日、僕の脳内で自殺リトマス紙と発作がつながったんだ。君はその特異体質を自殺の鑑別に使ってる。そしてそのたびに性的な衝動で苦しむ。それも僕の苦痛の原因の一つだった。それが“自殺リトマス紙”の正体でしょ? 」

 微かに頷いていた。言葉にしたくなかった。

「君の苦痛を終わらせたい。でも僕の殺意は君を自由に出来るのかな。君の嫌いな性欲から」