優しい。昔、誰かにもそんなこと言われた気がした。寺岡さん、だったっけ。

「違いますよ。優しいことなんか言ってません。論理的に矛盾してないだけです。先生は、僕が先生のことわかってないって言いますけど、僕のことも先生はきっとわかってないんです。もっとよく知ったら、きっと幻滅しますよ。僕は優しくなんかないから」

 そうは言ってみたものの、誰よりも僕のことを理解されてることがこの問題の最大の難点だった。清水センセはひとしきり泣いて、メガネをテーブルに置き、ティッシュで涙を拭くと何度も鼻をかんだ。そしてかすれた声で僕に言った。

「優しくなんか、なくていいんだよ、それでも。屍体に人格なんか求めてない。君だってそうでしょ?」
「ええ、その通りです」
「それでも君を優しいって思っても良いんだよ。実際そう思っちゃったんだから」
「それが間違いでも?」
「うん。僕が感じたことが、僕の中でだけ正しいんだよ」
「僕と実際会って、こうやって話して、先生はがっかりしませんか?」
「がっかりしたかった、かな。動画の中の君を見て自分が感じたことは妄想だったのかって、実物の裕くんでがっかりしたかった。動画で見た裕くんの大人になった実物を見ても、僕の心は一切変わりませんでした、なんてそんな都合の良い現実あると思う? 僕は裕くんを探すのをやめられなかったけど、たまに辛くて辛くてどうにかなりそうなときには、会ったら理想と現実のギャップで気持ちが無くなっちゃえばいいと思ってた。そう思うことで自分を慰めてたと思うよ。でも現実は過酷なもんだよね。見つけた時の方がもっと辛かったから。ガッカリもさせてくれないって逆に絶望したくらいね。だって前にも言ったでしょう? 全く気持ちが変わらなかったんだから。むしろ強くなった。それで会ったら楽になるのかと思ったらもっと辛い。今、本当に辛い。嬉しくて辛いし、自分の気持が伝わらなくなってて辛い。自分が非道いことしちゃったのも辛いし、君が辛い思いでここまで生きてきたっていうのが本当なのもとても辛い。結論は好きすぎて気が狂いそうなのは変わらない。もっと好きになってる」

 そしてメガネのレンズの内側に付いた涙の飛沫を、新しいティッシュを取り丁寧に拭いて掛け直した。