「話を戻すと、つまり死体遺棄はしたくない。そんなすぐに捕まるようなヘマをしなければいい。捕まったところでどうせ死刑になんかならないだろうね。殺人を立証出来るかどうかだ。出来なければ死体損壊とか、通報の義務を怠ったとかの軽犯罪法違反、あ、法的条件を満たしてない屍体を防腐処理するのも屍体損壊に当たるのだけど。結果は、殺人を立証できなければ、せいぜい医師免許を剥奪されて、何年かぶち込まれる程度の話だ。立証されて殺人罪で死刑でも構わないけどね。逮捕されて、君の屍体が司法に奪われて取り戻すすべがないのなら、僕はもう生きている意味がないんだからね。だから釈放された後に医師免許なんて要らない。野垂れ死ねば良い。それこそ自殺しちゃうかもしれない。でも僕は屍体の君とできるだけ長く暮らしたい。それが今の僕の最高の望みだ。それがダメだったら君が幸せに屍体に戻れたらそれでいいかな、とも思ってるんだ。そんなこんなに本気とか、覚悟とか、そういうのはないよ。僕には『それ以外ない』。それしか出来ないし、考えたことがない。だから覚悟も要らないし本気になる必要もないんだ」

 その自然さが僕を慄然とさせた。大人になろうとしている僕のほうが間違っている、とさえ思ってしまえるだけの想いに僕は押し流されそうになった。例えるなら、あるはずのない宝剣を持っている人が、あるはずのないその鞘を偶然に見つけ、そこにただ剣を収めるだけのごくごく自然で、あってはならない奇跡なのだ。その奇跡を、僕の今日付けの結論によって拒絶する。それをまぎれもない正解だと誰が証明出来るだろうか。すでに壊れかけているこの人の精神に僕はとどめを刺すようなことをしているのではないだろうか? むしろ、僕自身ではなくこの人の幸福のために僕は屍体として人生を捧げるべきなのではないかとさえ。

「そうですよ。先生が僕を殺してくれるって言ってくれたこと、僕は本当に救われたんです。あんな非道い動画を見せられて凄まじい不快とトラウマの渦に飲み込まれていたのに、あなたの言葉はその最悪な感覚を突き抜けて僕に届いてしまった。僕を静寂に戻してくれると言ったあなたの言葉に僕はどうしようもないほど心を奪われてしまった。それ、それでもそれに甘えて自分のために人の、あ、あなたの人生を台無しにはできないです」