「それでもそれが出来たのは全部君を探す為だってはっきりわかってたからだよ。君がそれを信じてくれるまで僕の気持ちと考えを全部見せればいいか? そうしたら君は僕がどんな人間でどんなに君だけが“大事か”ってことを今よりもっとわかってくれるんだろうか。だって僕のために君が苦しみを我慢するなんてどんな本末転倒なんだ。有り得ない。そんなこと絶対にしちゃいけないことなんだよ。それははっきりと僕の不幸でもあるんだってことを、君にちゃんとわかって欲しいんだよ。君は僕が君以外の人を大事にしてるって勘違いしてるけど、僕は君のためにそうしてる。この仕事でミスは許されないし、仕事を全うできなければ下手すりゃ医療訴訟を起こされたり解雇もある。でも勤務できれば収入は安定するし、医者としての信頼が厚ければ尚さら自由が利きやすい。仕事が正確で早ければ忙しい中でも君を探す時間が出来た。君のためのお金と時間を作るためだと思えば何だって出来る。とりあえず君が昼にも言ってた『犯罪者になる』っていうことだけど、あのときも言ってたよね、僕。もちろん捕まらないようには考えるさ。完全犯罪を目指すよ。君のためならどこまでも努力できる。僕が捕まらないことで裕くんが安心するならどんなことでも出来る。結構大変だとは思うけど。だって君の死体を僕は失いたくないからね。君が許してくれるならエンバーミングしてずっと一緒に居たいって思ってるから」
その言葉で胸の中がズキッと疼いた。得体の知れない空虚がなにかで埋め合わされていく痛みだった。さっきからずっと感じていた怖気、それが消えたかけた。駄目だ! 僕はわかっている! これを埋め合わされては振り出しに戻ってしまう!
「アメリカに行ってから、法医学だけじゃなくて最新のエンバーミングの練習もしてた。もちろん日本でも大学生の頃から勉強してるけど、渡米してたあの時期は人生でいちばん精神を病んでいて医者が出来なくなることも考えた。アメリカで再就職して葬儀屋に勤めることも視野に入れてたからね。万が一、君に会えた時にこそ役に立つけど、あんまりそのことを考えたくはなかった。この前も言ったけど、アメリカに行ったのは君をなんとかして忘れたかったから、なんだから。でも今はその自分を褒めたいよ。僕のエンバーミングがどれほど上達したか見て欲しい。君の美意識には合わないかも知れないけど」
屍体の話が出ると、僕はそのことで頭がいっぱいになった。逃避なのかもしれない。やっぱり腐敗が嫌いなんだな、清水センセは、だが、それでいいと僕は素直にそう思った。僕とは違う屍体観と美学、でもそれもひとつの死への回答だ。紛れもなく、この世ではほぼ語り合うことのない死への憧れ。それなのになぜか僕はこの人にずっと世間の代弁をしている。生者の世界の法をなぜ僕がこの人に説いているのか、なぜ屍体の話をしていないのか、自分でも困惑するくらい頭の中はカオスだった。



