「僕はもう、あの動画の中の中学生の裕ではなくなっているんだと思います。仕方なく生きているふりを続けた結果、行きがかりでしょうが生者の社会を理解させられる羽目になったんです。時は経って、いまや僕はもう社会人です。イビツでとても偏った狂人ですが、スレスレのところでなぜか社会に属せてます。自殺の屍体を見るたびに発狂して死にたくなる狂人の僕はついさっきまでわからなかったんです。本当に殺してくれるって言ったあなたの、日常を垣間見るまでは」

 がっかりしてくれたら良い。がっかりして僕を見損なってくれたら良い。あなたが執着するような屍体じゃない、間違ってる、と。僕の裏切りとも言える告白を聴きながら、清水センセは反論もせずただうつむいていた。しかし僕の言葉が途切れるのを見計らったように顔を上げ、マグカップをテーブルにそっと置くと、清水センセは大変穏やかに答えた。

「それで君が幸福なら」

 あっけないほど平穏に僕の言いたいことが受け入れられた瞬間、なぜか頭のがしびれるような怖ろしさがやってきた。この感じを僕はどこかで味わったことがある。もう二度と味わいたくないと誓いたくなるようなこの怖気を、僕はかつて絶望の中で聞いた気がした。怖いのはなぜだろうと尋ねれば、それは失ったから、と答える気がした。悲しくていてもたってもいられないほどの喪失……僕は答えを知っていながら、知らないふりをしているようだった。だが僕は意図とは裏腹に、追いすがって、そして思い出したようにまた捨てようとしている。“して欲しい”ことを“してあげる”と言われたら、“しないで下さい”となり、“しないようにする”と言われたらそれに慄く。この思いは矛盾に満ち溢れていた。

「すみません。あの時は本当に約束して欲しかったんです、先生が殺してくれるかどうか。本当にあの人に拒絶されてからずっとずっと願ってたんです。僕は異常者です。死にたくない人は沢山居て、自分が自殺したい人もそれなりにいるけど、自分を殺して欲しいなんてそんな願望を持っている人間なんて滅多にいない異常者です。しかも屍体しか興味がない、心も身体も感覚も普通の人間とは全く違う。でも今日まで僕は先生も僕と同じくらい異常な人だと思ってました。お互い、この世に存在しているのが不思議なくらいの異常だって……」

 僕は止まらなくなった。畳み掛けるのは罪悪感なんだろうか? それとも耐えられないほど虚ろななにかを埋めたいのか、僕にもわからなかった。