「自分のことだけでいっぱいだった煮えた頭に冷水を浴びせられたっていうか。だって、世の中の役に立って、特殊なスキルを駆使して人の命を繋いでるんですよ、先生は。世の中にとって高い価値があるし、僕だけのものなんかじゃないんだ」

 言っているうちに僕は自分でも予期せぬことを口走っていた。僕だけのものじゃない? 当たり前だ。なんで僕はそんなことを言っているんだろう。

「ああ、そんなこと電話でも言ってたね。僕は自分が出来ることをしてお金を稼いでいるだけなんだけど。給料分の責任と義務は果たす。それに君がいない時間を紛らわせられる。一石二鳥だ」

 だがあなたはその日常に溶け込んでいた。僕が知らない清水センセを皆が必要としていた。その自然さに比べて僕は明らかに異質だった。不意に俯瞰で見えた僕の姿は。

「もちろん倫理とか熱意の話をしているわけじゃないんです。そんなものハナから僕にもないし。でも需要を満たしている。大勢の生きたい人たちの需要をです。僕はたった一人に過ぎません」
「確かに大勢の需要は有り難い。君からの電話を受けるための電話代や、君を送り迎えする自動車のガソリン代を僕に供給してくれるからね。君を見つけるまでの長い過酷な生活を支えてくれたのはその需要だ。ほんとに僕は心からみんなに感謝してるよ。そのおかげで今、君の前に僕は座っていられる。全部君のためだ。いいかい? 君の幸せだけが僕の望みなんだ。」
「殺されたいなんて、僕が望まなければ良いだけです」

 不意に清水センセの言葉が途切れた。ここまで、最短距離で話が進んでいるのが奇跡的だった。微かに僕は苛立っていた。だから言えた。言えないかと思っていたが、あっさりと僕は今朝の結論を話していた。意味不明の微かな苛立ちを僕は自分でも不思議に思った。清水センセは黙ってマグカップに口をつけた。