「電話でも言いましたけど、3ヶ月くらい前に解剖した身元不明の遺体の件で、その遺体は自殺だったんですけど、あの、自殺には見えないんですが、僕にはもうわかってて、で、今朝になって同僚から新展開を聞かされて、えっと、身元がわかるかも知れないって。その解剖の時にですね、遺体から“自分のせいで誰かが破滅する”って感覚が伝わって来て。強い恐怖も一緒に」

 またしどろもどろになった。この事件の話はまともに順序立てて話せないみたいだ。

「どんな人なの? そのご遺体は」
「80歳位の女性です。腐乱屍体で○×山の山林で発見されて、頚椎が折れてて。でも遺棄なんです」
「どこかで自殺した遺体を誰かが運んだってこと?」
「はい。それでその方は死ぬときに『ちゃんとやんなさい』って言ってて」
「誰に言ってるの、その人」
「多分、自分の屍体を遺棄した息子に。私が生きてるからちゃんとしないんだって。年金が止まれば自分で働くようになるって」
「だから、自分で自分を息子から取り上げたってことか」
「ええ。でも息子は母親が生きてることにして年金をもらい続けた。そのために母親の屍体を遺棄したんです、多分。そんな話を今朝聞かされて、そしたらまた声が頭の中にリフレインしてきて」
「君は自殺の屍体を解剖するたびにそんな風に声を聞くの?」
「ええ。自殺の屍体は黙ってくれないんです」
「自殺リトマス紙、か」
「頭がおかしくなって、発作が起きて、そのあと死にたくなるんです」
「そっか」
「僕もいつも危惧しています。僕のせいで誰かが破滅する、って。彼女とおんなじ恐怖です。そして彼女は狂気という蛮勇を振り絞ってあちら側に飛んだんです。飛べた彼女が羨ましくて羨ましくて気が狂いそうになった。優しいんです。彼女はとても優しくて弱くて、だからこそ狂ってしまえたんです。じゃ、なんで僕は死を望みながらまだここで生きているのかって。なんで生きている人を損ない続けている僕はこの人みたいに自分を消し去ろうと決意してないんだろうって。そう思うと……もう、どうしようもなくなってしまって」
「だろうね」
「その上、清水センセと会ってから、僕は本当に死ねるかも、という期待で気が狂いそうになって、四六時中そのことばかり考えてましたから、もうその事件の詳細を聞かされただけで、死にたい願望がはちきれそうに膨らんでしまって」
「それで僕に電話を?」
「そおっとトイレに行って、落ち着こうとしたけど無理で、トイレの中で携帯掛けてました。そんな電話してもしょうがないってわかってたんですが、清水センセしか話せる人がいないもんですから……」
「うん、そうだろうね」
「でも、先生は緊急オペで繋がらなくて」
「ああ、そん時は救急の事故の検査と処置に入ってた。事務の人が昼に君の伝言くれた時にゾッとしたよ。なにか悪いことが起きたんじゃないかって。だってそんなことがなければ、あんなことした僕に電話なんかしないって思って」
「だいたい合ってます。大混乱でしたから。でも、先生が緊急オペしてるって聞いた途端、なにか、とてつもなく申し訳ない気持ちになって」
「だから、それは違うって、言ったよね?」

 清水センセは確かめるように言った。何度言ったらわかってくれるんだという焦燥が滲んでいる。しかし僕は敢えてそれを無視した。