「いま駐車場なんだけど、これから行って良いかな? それとも電話の方が良い?」

 考えていなかった。どうしよう? 会って良いのか、電話のほうが良いのか。なぜ清水センセは僕に選択肢をくれるのだろう。強引に迎えに来て連れ去ることも可能なはずなのに。

「どっちでもいいんですか?」
「うん。裕くんが良いと思った方で良いよ」

 そんなことを自分から選択したことなんてあっただろうか? 言われたことしか出来ない僕に、もしくは要求を拒絶するしか出来ない僕に、そんな重要な行動を選択しろと? 無理だ。

「どっちがいいんでしょうか」
「好きな方でいいよ」
「わからないです」
「……そっか」
「すみません」
「僕は会いたいよ」
「なんであの時みたいに強引に連れて行こうとしないんですか?」
「あの時は本当にどうしていいかわかんなくてさ……ごめん。あの男が『裕は言ったようにしかしない』って聞いていたから、かな」
「それはだいたい合ってます」
「ほんとにそうみたいだね。だから誰にも良いようにされて……」

 チッと遠くで舌打ちが聞こえた。

「僕にも良いようにされちゃったじゃない! それで良いの? あの日のことだって、後悔してるんでしょ? 嫌な日だったって、僕だって思ってるよ! 昨日だってそうだ! それなのになんで君から嫌われてないのか全然わかんないって!」
「僕には好きとか嫌いの気持ちがわかってないから」
「知ってるよ……知ってるけどさ……お陰で僕はまだ息をしていられるんだ」
「すみません。でも清水センセは僕の人生を終わらせてくれる大事な人です。だからちゃんと話さなくちゃって思って」
「好きと大事とは違うんだね、裕くんは」
「よくわかりません」

 それは寺岡さんにも言われたかも知れない。好きと大事の違いはこの世界の人には重要なのだろう。

「どんなにヒドいことしても、殺してくれる人は大事、ってことか」
「はい」
「だからあの男に抱かれてたんだろうね」
「いいえ、言われたようにしただけです。でもあの人は僕をゾンビにした張本人なんで、大事というよりはまた死に返す責任があったんです。放棄したけど。でもあなたと出会った今の僕にはなぜ放棄したか理解できてしまうんです。だから清水センセと話さなきゃならないんです」

 今回するべき話が、ようやく少しだけ漏れ出した。伝わっているかはわからないが。ホッとしたのに清水センセはちょっと黙った。佳彦のことを話したので怒ったのかも知れない。僕は人を怒らせるのが得意だ。しかし沈黙はほんの数秒で、特に激昂することなく普通に清水センセは口を開いた。

「わかったよ、裕くん。会おう?」
「そのほうが良いですか」
「君に任せてても決まらないし」
「はい、わかりません」

 いつもの思考停止。1日に2回も自発的に電話したという時点で、僕の能動性の5年分は使いきったのかも知れない。

「じゃあ決まり。無理しないでね」
「はい、努力します」
「晩御飯は?」
「食べました」
「どこで会おうか? 裕くんの家でも良いけど」
「僕の部屋は昨日の今日なんで、あまり来てほしくないです」
「そうだね。迷惑かけて申し訳なかったよ。でも僕の家でいいの? 大丈夫なの? トラウマに…なってるよね」
「どうせ自分のうちもどこもトラウマです。この世界ではどこでも同じです」
「そうなるんだ。聞いてる僕の方がつらくなる」
「大丈夫です。感覚が鈍いので。どうせ死人ですから」
「そうだね……大好きだよ」

 そう言うと言葉が途切れた。すぐに鼻をすする音がした。

「またうちに来てくれるかと思うと……ごめん……泣けて来ちゃって」

 会ったほうが良いかも、とその時思った。動画の裕と今の僕の乖離を見せてあげられる。

「もう出るね。時間がもったいないし。マンションの下に着いたら電話するから降りてきて」
「はい」
「じゃ、またあとで。10分位で着くと思うから」

 そう告げた声は鼻声でかすれていた。こんな状態で話し合いが出来るのだろうか。僕も彼も。まあいい、もう何をするかは決まってしまった。彼の家に再び行く。話も出来ずに犯されるのかも知れない。何が起きようが……いいや、どうにでもなれ。