「僕もです。あの、すみません。お忙しいところ」
「いいよ、全然良いから。ごめんね、すぐに出られなくって。帰る直前に入院患者が急変しちゃってさ、脳梗塞の疑いでMRI撮ってて。一過性の脳虚血だったみたいで、これが梗塞してたらそっから画像見ながら僕が処置しなきゃなんないから、9時過ぎとかになってたよ。今のところはセーフだけど…」

 また緊急対応のようだった。スッと我に返るようななにか。2回目で変な感覚があることに気がついた。午前中には気が付いていなかったのだ。誰かが清水センセにリアルに処置されているのを知るたびに、自分の中のなにかがスッと引いていく感じがする。メンヘラな清水センセ像が正常方向に大幅に軌道修正されてしまうからだろうか。名前のつかないこれは僕にとっては知らない感覚だった。
 しかし毎日こんな忙しさなんだろうか? そうだとしたらよく警察医なんかやっていられると思った。清水センセは話し続けている。急変した入院患者は開腹手術の後すぐ半身麻痺が出たらしい。

「……術後は血流が減るからね。でも明日あさってあたり今度は本物の梗塞が出る率高いから、この土日に出勤になる可能性は大だなぁ。心臓はキレイだったから塞栓源が他にあるのか、月曜日に詳しく血管造影することになったね。あ、お疲れ様です」

 誰かに挨拶をすると、電話の向こうで「お疲れ〜」という声が聞こえた。この電話を聞かれていて良いのだろうか。

「いつもこんな忙しいんですか?」
「まあね。日によって、かな。冬は季節柄、脳血管障害が多いでしょ。今日は特に忙しかった。君から連絡のあったとっても特別な日なのに、そういう時に限ってこういうことになっちゃうなんて。ほんと嫌だな」

 少し声が大きくなった。スタッフルームは彼一人になったみたいだった。

「毎日8時まで?」
「いや、何もなかったら7時までには家に着いてる。今はまだ病院なんだ。スタッフ室帰ったら着信あって慌てて夢中で掛けちゃった。あ、掛け直していい? ちょっと着替えて帰る支度するからさ」
「すみません」
「良いんだって! 声聞いてるだけで夢みたいだから。あの昼の話、続きがあるんでしょ? 混乱してて心配だった。いつでも聞くからさ。こんな忙しい日でごめん。じゃ、一旦切るね、ちょっと待ってて」
「はい」

 通話を切ると静寂が訪れた。この間でまた少し正気になれたら良い。しばらくして再び電話が鳴った。