「わかってるんですか」
「あのね、そこまで僕は狂ってないから。いや、だからおかしいのか。別の意味で」
「はい」

 肯定しながらも、思いがけない清水センセの自己認識に、僕は内心驚いていた。

「“犯罪者になるリスクをどう考えてるの?”ってことでしょ?」
「その通りです」
「そのリスクと君を僕が天秤に掛けるとでも思ってるの?」
「それは…わかりません」
「不安なの?」
「はい」
「僕が君を殺してくれないかも、って」
「いいえ」
「え? 違うの?」

 意外そうな声で清水センセが聞き返した。

「はい。あなたが司法に裁かれるのが。僕のせいで」
「まぁ、その可能性はあるね。僕は捕まらないようにせいぜい頑張るよ」
「捕まったら絶対にダメですから」
「なんで?」
「だって、それは罪じゃない!」
「君からしたらね。でも、社会はそういう仕組みにはなってないから」
「絶対に嫌なんです。あなたが罪を問われて犯罪者になるのが」
「そんな風に思ってくれてるんだ……ありがとう。嫌なことあんなに沢山したのに、庇ってくれるなんて思わなかった」
「だって」
「嬉しいよ、裕くんは優しいな」
「ちゃんと話したいんです。これからどうするのか。すみません、忙しいのに。昼休み潰しちゃって」
「いいんだよ。君が僕に電話してくれるなんて…夢みたいだった。結構今も夢かも知れないって思ってる。ちょっとフワフワしちゃって現実感無いよ」

 清水センセは当惑したようにフフッと笑った。

「土台、僕達はあまりモデルのない関係にあるからね。常識で考えてもしょうがない。ああ、ダメだ…嬉しくておかしくなりそうだ」
「すみません。もう時間なので。また連絡します」
「それじゃ僕の番号登録しておいて。僕が連絡しても良いんだけど、裕くんのタイミングで掛けてくれた方が君も…僕も安心」
「そうですか。ではそうします」
「うん、そうして。それでいいから」
「はい、じゃあ」
「うん。またね」
「失礼します」

 電話を切って机に突っ伏した。やめて下さいと言えなかった自分が情けなかった。我慢しますから、殺してくれなんて頼みませんから、それを言う機会を後のばしにしてどうする? でも言えなかった。清水センセにとってそれは全部わかった上の事だったからだ。ことの怖ろしさがじわじわと増大していく。自分が望んでいた気の狂った渇望があっさり肯定され、願いが叶ってしまうことの真の恐怖を僕は知った。佳彦は正しかった。まぎれもなくあれが正解だったのだ! それを清水センセに伝えなくては。この次会ったら、絶対に。