そして次に掛かって来た電話に出た時、僕は昼食の牛乳とサンドイッチの前に座っていた。みんなお昼を食べに出てしまったようで、僕独りスタッフルームに居た。滅多に鳴らない僕のケータイが鳴り、僕はしばらく鳴らしてから通話ボタンを押した。その間に口腔から食道にサンドイッチのカケラが牛乳に流されて降りて行った。

「……もしもし?」

 受話口の向こうからとても訝しげにその声は届いた。すみません清水センセ。忙しいのに。

「はい、岡本です」
「ほ…ほんとに?」
「はい。岡本裕です」
「どうしよ…なんで? なんで電話くれたの? あの、急用ってなに?」
「お忙しいのにごめんなさい。今朝、僕の担当の遺体…あの、身元不明で、2ヶ月位前に解剖して」
「うん、うん」
「あの、それで、身元がわかりそうで……えっと、あの、死因が……自殺だって僕は……あのわかっちゃってて」
「うん、そうなんだ。それで?」
「忘れてたんです。あの、解剖でものすごく僕が混乱しておかしくなっちゃった遺体で…忘れたくて」

 小学生の言い訳みたいな説明しか出来ない自分に呆然とする。何を話そうとしてたのか頭が働かなくてわけがわからない。

「すみません…何言ってるのかわからないですよね」
「裕くん…大丈夫? 今も混乱してるんじゃないの?」

 すごいな、清水センセ。わかってる。

「はい」
「それで電話くれたの?」
「はい……どうしていいかわからなくなってしまって……死にたくて」
「今から行こうか?」

 今から来て、殺せるわけでもなかろうに。来てなにが出来るのか。でもあの時緊急オペじゃなくて電話が繋がっていたら僕は来てくださいと口走っていただろう。そして彼は一も二もなく駆けつけていただろう。

「でも、あの、清水先生は緊急オペ中だって事務の方に聞いたら、なんだか申し訳なくなって、電話しちゃったこと」
「全然! 全然良いんだよ! なんでもいつでも連絡してくれて構わないから!」
「…忙しいのに」
「構わないんだって。きっと僕のせいだ」
「先生は世の中の役に立ってる。僕なんかと違って」
「ダメだって! そんなこと言ったら!」
「後悔してます。電話掛けちゃったこと」
「ああ…そんなこと言わないで」
「ずっと考えたんです。僕を殺してくれることで自分が罪を犯すって、清水先生はわかってるのかって」

 ようやく言いたかったことに少し辿りつけた。僕は清水センセはわかってないとどこかで思っていた。

「知ってるよ、殺人だ。それがなに?」

 清水センセはさらっとそう言うと、電話の向こうでため息をついた。