僕が清水センセの電話番号を知らないことは知っていたが、まさかこの後に及んで教えてもらっておけばよかったと思うことになるとはお釈迦様でも気が付かなかったと言える。いわんやこの僕も、だ。
 うなだれて便器に座ったままの格好で、僕はジャケットのポケットをまさぐった。携帯電話が震える指先に当たって逃げる。ポケットの角に追い詰めて押さえこみ、握りしめた。顔も上げられないまま104に掛ける。目的は市民病院。そう、彼が勤めている職場だ。4コールでオペレーターに繋がった。

「市民病院、お願い致します」
「代表でよろしいですか?」
「ええ、それで。番号を転送して下さい」

 メモになるような筆記用具は無いのだが、104には直接電話を転送してもらえる便利なサービスがあって、通話終了後にはSMSで相手の番号が送信されてくる。転送先の呼び出し音が鳴る中、僕は僕自身の拭いがたい渇望に、嵐の中の小舟みたいに弄ばれていた。

「はい、こちらは市民病院です」

 丁寧な女性の声がして、僕はほとんど語尾にかぶるような勢いで目的の問い合わせを始めた。

「すみません、〇〇大学の法医学教室の岡本ですが、清水先生はいらっしゃいますか? 放射線科の、清水先生ですが」
「少々お待ちください」

 通話から保留音の音楽に変わる。すべての音が割れていて長く聞いているのは耳障りだった。早くして欲しい。わかってる。どうしようもないことを繰り返してるってこと、わかってる。こうやってあの夜も気が狂いそうな中学生の僕は隆に助けを求めた。もう二度とやらないって決めていたんじゃないのか?
 僕は馬鹿だ。本当の愚か者だ。

「もしもし」

 急に思考を破って他人の声が聞こえてきた。清水センセではなかった。

「お待たせ致しました。清水先生は緊急オペ中ですので、終わったらご用件をお伝え出来ますが」
「はい、では岡本が至急用件があるので折り返しお電話下さい、とお伝え下さい。電話番号は◯◇◯-3099-△△◎□…」