ハイな鈴木さんの語る経緯はこうだった。
 ここの県の比較的大きめの市町村、といっても8万人くらいの中堅の自治体で、僕の棲むこの中核市からはやや遠い方に入るのだが、そこの町外れの小さな一軒屋に親子が暮らしていた。派遣の清掃会社や警備員など、1年か2年ごとに息子は職場を転々とし、父親が年金ぐらしになってしばらくすると、失業を切っ掛けにニートになっていた。父親は70代で大腸がんで死亡。家族が二人になってもニートのままの息子に食事を作り、洗濯をし、買い物に行き、小遣いをやる母親に、息子はしばしば暴力を振るった。

 今年の秋頃に異臭がすると近所からクレームが来た。そして異臭はすぐになくなった。週に2〜3回は買い物に行く母親の姿が最近見えないと地域の民生委員が訪ねてきた時は、息子が出てきて、母は最近叔母の家に行っていて、しばらく逗留するみたいなので居ない、と答えた。

(あれ? 篠原さんて妹さんいたっけね?)
(最近息子がたまにスーパーに買い物に来てるよね)

 そんな話がご近所の噂に持ち上がるようになった初冬のころ、訪問した民生委員も何度も門前払いを食らっているうちに、タダ事ではないかもしれないという認識に変わり、市の福祉事務所に通報する。篠原さんのお宅に何回行っても奥さんに会えない、と。
 福祉事務所が調査訪問すると、息子は「泊まりでいない」「叔母の連絡先は知らない」の一点張りでお話しにならない。ここで近年出来た『高齢者虐待防止法』という法律が発動する。『高齢者の福祉に業務上又は職務上関係のある者は、高齢者虐待を発見しやすい立場にあることを自覚し、高齢者虐待の早期発見に努めなければならない。また、国及び地方公共団体が講ずる高齢者虐待の防止のための啓発活動及び高齢者虐待を受けた高齢者の保護のための施策に協力するよう努める必要がある(第5条)』わけで、ここの民生委員は適切な対処をした、ということになる。
 市が警察の立ち会いのもと、立ち入り調査に踏み切るも安否確認が出来ない。なにしろ居ないのだ。そして立ち入り調査の後に、本人の生存確認が取れない年金が停止。警察の調べで篠原さんとこにはやはり妹はいない、という結論。息子は黙秘し続けて口を開く様子もない。さあ、奥さんはどこにいるのか?

「ということでさぁ、県内の身元不明者の捜索ということになったんだよね。そんで、身元不明遺体のDNA鑑定も始まったというわけ。でもさぁ、この件、うちの遺体ってかなり当てはまってない?」