目覚ましが鳴った。仕事の時間だ。屍体のように眠ったあと、肉体を置き去りにして魂だけ目覚めてしまったかのようなハンパない重さが全身に満ちていた。この完全とも言える重さが肉体とは実は死なのだということを生きながら確信できる刹那の時だ。しばしば訪れる、心臓の音さえ聴こえない気がするこの状態は僕にとっての幻の故郷とも言える。こんな朝は特に。
 屍体の重さの中で昨日の清水センセとの会話を反芻する。この偽りの屍体から魂の根を引き抜いて、いずれ本物に置換されることを約束してくれたその言葉を。
 
 融けそうだ。このまま融けて腐り果ててしまいたい。

 愛とは狂気と、それによる自我の消失なのだろうか。僕は清水センセの気違いじみた僕への献身を想い、胸がいっぱいになるのを感じた。僕の胸中は何でいっぱいになっているのだろう? 期待か? 罪悪感か? 感謝か? またそのすべてか?

 そういえば・・・彼は今、まだ僕の部屋にいるのか?
 
 重い重い首を倒し、ようやく薄目を開けて部屋を見渡した。冬の朝はまだ暗く、部屋の中もまだ暗くて誰がどこに居るのかよく見えてこない。メガネも無いので更になにもわからなかった。電気を消した覚えがないのに気づいた。きっと清水センセが消したのだろう。ベッドの隣には誰の気配もない。昨日の佐伯陸に引き続き、清水センセもあっさりと帰ったのかも知れない。30分ほど自分の重みと格闘した後、やっとの思いで僕は身体を起こしてベッドの縁に腰掛けることが出来た。かといって頭を起こすまでにはいかない。そのままの姿勢で更に20分。渾身の力を振り絞った指でケータイを取る。

「おはようございます。岡本です。すみません、体調が悪くて、はい、30分ほど遅れます・・・はい・・・はい・・・すみません」