「僕は、きっとなにかを愛してた。それがまったくわかってなかった。でもね、僕はフラレちゃったんです。僕、わかってなかった。彼を愛してたのか、彼を通して死を愛してたのか、それはよくわからないです、今でもなにが愛かなんてきっとわかってない・・・でも・・・」

 でも。僕の国の言葉であなたは僕に告げた。僕はそれをもう一度信じたい。もう誰にも何も妨げられること無く、僕はその虚空へダイブできるんだろうか? 僕はベッドに手の平をつき、重すぎる半身を渾身の力で起こした。涙が止まらない。この切なさは一体なんだろうか? 僕に投げ出された圧倒的な献身のせい? 目の前で呆然と座り込んでいるこの気違いじみた切望に僕が飲み込まれているから? 今まで感じたことのない何かが胸の奥から溢れ出ている。知らない。これに僕は名前を付けられない。思わず僕は片手で胸元を掴んだ。

「今だって、何が起きてるのか僕にはわからないんです。最低で頭のオカシイあなたを目の前にして、僕の中の何かがあふれてくるのはなんでだろうって。なんで泣いてるのかだって自分でよくわかってない。でもね、最低で頭オカシイのは僕も一緒なんです。だって僕は・・・あなたに・・・」

 だって僕があなたに求めてるのは、犯罪だ。殺人罪だ。それを改めて思うと僕の望みが本当に常軌を逸していることがわかった。清水センセ、あなたを狂人なんて到底言えない。僕はオカシイ。佳彦はまだマトモだったんだ。あれが普通だ。あれで本当に良かったんだ。僕は再び清水先生を見た。彼の目が見開かれた。そして再び潤んでくるのがわかった。涅槃のシッダールタを崇拝する弟子みたいな陶酔と帰依の表情がそこにあった。救いなんてどこにもないはずなのに、なぜあなたはそんな顔で僕を見ているんですか?

「あなたはなぜ、世間より、安全より、僕の望みを選んでくれるんですか?」

 彼の目から涙が流れ始めた。なんでこんな所で僕らは二人で泣いてるのかと思うとほんとうにおかしい。

「君は、なぜ、僕を見てくれてるの?」

 絞りだすような声で問われると、僕の頭の中がざわっとした。自明のそれを僕は今からこの人に告げる。裏切られるかも知れないとどこかで危惧している。だってそれが当たり前だから。でも僕は言う。たぶんそれしか僕らにはないから。

「あなたが僕を殺してくれるって言うから」

 ねぇ? 清水センセ。

「僕は信じていいんですか、あなたのその言葉を」

 ああ、僕は今まで言ったことのない言葉で話してるのかも知れない。すると清水先生はフッと微笑んだ。

「信じて」

 そしてとても自然に、ほんとうにさりげなく、彼は僕の頬を指で撫でた。なぜかその指の感触に僕は崩れ落ちた。

「ごめん・・・勝手に触って」
「いいんです」
「ほんとに?」
「ええ」
「ありがとう」

 これが普通の清水先生なんだろうな。初めて僕はその普通の清水先生を感じた。躁でも鬱でもない自然なしぐさ、そして声。
 それを聴いてからの記憶がない。昏倒するように意識が途切れた僕は、彼に見守られながらそのまま眠り続けた。