僕を止めてください 【小説】



 沈黙は長いこと続いた。清水先生はそこに立ったまま何も言わずに僕を見下ろし続けているようだった。どれくらい時間が経ったか定かではない。そういえば、今朝までこのベッドには佐伯陸が僕の横で寝ていたのだった。ついさっきまで幸村さんもいた。走馬灯みたいな一日だった。衣擦れの音がした。目を開けるといつしか清水先生は見下ろすのをやめたようで、僕のベッドの脇の床に座り込み、僕の顔をじっと見つめていた。

「ほんとうにきみは・・・屍体なの? 僕は、間違ってなかったの? 君の言うこと、ほんとうに信じて良いの?」

 ようやく口を開いた清水先生は、再び僕に尋ねた。

「ええ、わかってるんでしょう?」
「信じられない・・・なんてことだ・・・ずっと妄想だって思ってた。君が屍体だってことも、君が死にたがってるってことも、君が苦しんでるって、ことも・・・僕はね、君がどこかに本当に存在してるってことも、全部全部僕の妄想だって、思ってたんだよ」
「無理はないですよ。でも、残念。妄想なんかじゃない。僕が驚きました」
「こんなこと、あるの・・・? ああ、もう信じられない、なんでこんなことになってんのか、こんな現実が存在すること自体が僕には到底信じられない。だって君がいま、僕の前にいて、こんな僕の存在を拒絶してないことが、信じられない。それ以上に、あの時の幼かった君が、あの映像の中のそのまんまにいまも苦しんでここに居るなんて、そんなひどいことが一番信じられない・・・!」
「わかってくれてありがとうございます。僕もほんとうに驚いてる。ほんとうに・・・どうにかなりそうです」
「どういう、こと?」

 清水先生は不安そうにそれを問いなおした。

「それ、どういうこと?」
「ほんとうに期待して、いいんですか?」
「な、なにを?」
「ほんとうに、殺してくれるんですか?」
「あ・・・・・・・・・」
「僕はもう・・・あんな思いをしたくないんです」
「あんな思いって?」

 清水先生の声が上ずっている。ああ、また僕は繰り返そうとしているのか? こんなあやふやな気持ちになるなんて、あのシネマの夜に誰が想像しただろうか。言いたくない。でも確かめるしか無かった。