これは佐伯陸かそれ以上のお子様だ。子鹿だ。そして思ったより普通の人なのかも知れない。あの夜暴走した自分を無意味に反省しているようだ。サイコパスのシリアルキラーではなかったということなのだろう。僕から嫌われて拒絶されることを強烈に恐れている。自分がどんなことをしたのかわかってるってことだ。でも、岡本裕は生きている人に興味がないと知っているから、自分の存在を主張して、僕の脳裏に最高に灼きつくような、尚且つなにか僕を支配出来るようなことを仕出かそうと考え、それを行動に移した。そして我に返った。自分の行動と言動が最悪だったかもしれないと悶え苦しむ。居ても立ってもいられずに今日僕を訪問して僕がどう思ってるのか確かめようとしてここに来た。←今ここ。
清水先生を放ったらかして僕はいつものようにうつ伏せにベッドに倒れこんだ。外したメガネを枕元に投げ出した。犯されるのかな? いや、あんな調子で僕を犯すとか無理なんじゃないかな。 逆にここから僕を手籠めにするくらいの暴力性くらいあってもいい。でなきゃほんとうに殺せるのだろうか? ただのビッグマウスなのかな・・・イヤだ。期待した僕がバカなのか、だったらどうしよう。こんな激しい期待を裏切られたら、それこそどうしていいかわからない。思いがけなく自分が混乱してくるのがわかった。絶望すら感じ始められる。あの時のことが脳裏をかすめる。佳彦に見捨てられたあの時の。またあれを? またあんな苦しい思いを? いつの間にか布団を握りしめていた。ああ、あれって、こんな苦しかったんだっけ。あれが再現されるのかと思うと耐えられそうにない。だから電話した。耐えられなかったから。小島さんに。
気配がした。いつのまにか清水先生がベッドサイドに立ち、倒れている僕を見下ろしていた。
「・・・なんで・・・なんで追い出さないの?」
「廊下で騒がなければいいです」
「僕のこと・・・憎んでいないの?」
あまりにも聞かれすぎた質問に、目を閉じたまま僕はあまりにも答えすぎた回答を呟いた。
「あの、僕には好きとか嫌いとか、わからないって知ってますよね」
「本当に?」
「僕は屍体ですから。だから好きになったんでしょう? わからないんですか?」
それを聞くと清水先生は黙った。
「屍体は誰のことも振り向かないし、誰も憎まない」



