その骨は、近世のカテゴリーにあった。東海地方の古い古民家の井戸の中から発見されたと標本カードの説明には記載されていた。2体の骨格が抱き合うように、すでに枯れた井戸の乾いた泥の中で発見されたと。若い男女の骨格で、時代は江戸中期か後期だろうという。浮き上がらないように石を抱いていたようで、その石に押さえつけられて何百年が経ち、綺麗な水の中で白骨化し泥がつもり、そして使われなくなってから井戸ごと干乾びていったようだった。静かに朽ちた骨は保存がよく、ほとんどの欠片が失われずに組み上げられていた。井戸を模した透明のアクリルの太い円筒の中で。
そんなものを見ていたような気がした。だが僕には説明カードなど目に入っていたのだろうか。その時、僕の目の前には、石を抱いて寄り添い合う二人の想い人が居ただけだった。
心中。
発掘の時にどのような解釈があっただろうか? 間男と妻を殺して井戸に放り込んだ夫? 夫婦をこっそり殺してその家に入り込んだ強盗? 間者をこっそり始末して他人の家の井戸に葬った忍び?
そんなものはない。そこには一切そんなものの入り込める余地などなかった。この世への絶望と来世に賭けた一瞬の幸福の中に彼らは静かに座っていた。その湧水は冷たく清らかで、まるで自分たちの犯した罪科や、自らの命を絶つこととなってしまったその原因の情念を、そこで清めているような気すらした。生きる“熱”を。その熱さえなければ、この人たちもこの世で平和に平凡に暮らしていたんだと思えた。
意識が遠くなる。戻ってきたいのに戻れないような浮遊感の直後、僕の中の抑制がバネをぶち切ったかのような勢いで飛んだ。
「は…ぁっ…」
ガラスの仕切りに手をついて僕は揺れる世界を必死で押さえていた。熱の塊が下腹部に打ち込まれて身動きできない。かすかに喘ぐことと、倒れないでいることが、僕にできる精一杯だった。
「おい、裕」
「…小島…さん…ここから…連れ出し…て」
すぐ後ろに小島さんの声と体温が感じられた時、僕はまた、彼に助けを求めていた。



