「あれか? 頸動脈のやつ」
「はい。それです」
「なんでそうなった?」
「いえ、あんまり覚えてないんで。顔を横向けただけでなる人もいますし」
「それって岡本…ひどくなってるんじゃ…」
「さあ? どうなんでしょうか。あの、僕のことはいいんで、例の自殺した男の件のことお願いします。もう遅いですし、疲れてるんで早く帰りたいんですが」
「まぁ、そうなんだけどよ」

 幸村さんは不満そうにしたが、仕方ないというように頭をかいた。佐伯陸は話したのだろうか? なにか聞いていたら、向こうからドクター清水か佐伯陸の話を振ってくるだろう。知っていて言わないならそれで構わない。こちらから訊く気にもならなかったので、僕は引き続き目を合わせず、不機嫌に事件の話を促した。

「で?」
「ああ、浮気旅行でヤツの嫁さんが湯川谷温泉来てたって話、堺先生から聞いてるよな」
「ええ、ざっと」
「最初の嫁さんの話は、高校の仲の良い友達の家で仲間と久しぶりに泊まって女子会してました、と。帰ってきたら旦那がいなくて、一晩待っても帰ってこなかった。友達と遊んでるんだろうと放っておいたけど、次の日も帰って来ないし、仕事場から電話がかかってきて出勤してませんときた。で、警察に行ったと。まさか自殺してるなんて…ときたから、じゃあ、アリバイ取らせて頂きますということでご友人の聞き取りやったら、旦那が東北で不審死してたってこと言った途端にビビって『ごめんなさい、口裏合わせてました』って白状したわけ。で、嫁さん問い詰めたらかなり手こずったけど浮気相手と湯川谷温泉に来てたっていうわけよ。んでまたこっち帰ってきて、湯川谷温泉で聞き込みだよ。偽名でホテルに泊まってた。スタッフに写真見せたら一発でわかったけどね」
「凍死で自殺に偽装なんて、笑い話もいいところですが」

 幸村さんの長い話に僕は業を煮やして口を挟んだ。

「わかってるって。岡本の解剖に異論はないさ。だけどな、今回週刊誌が田舎の変死騒ぎを嗅ぎつけて、自殺か他殺か? みたいなゴシップ記事になってるんだ。ヒマなもんだわ」
「面倒な…」
「今んところ遺書も出てねぇしな。不倫旅行でしかも同じ県下で旦那が変死ってのがマスコミ様のお気に召したんだろうよ」
「まあ、そんな特ダネは記事にしたいのもわかりますけど」
「うちの地方紙には三面の端っこに『湯川谷温泉の身元不明男性の変死体は、司法解剖して詳しい死因を調べる』とは出たんだがな。ちっちゃい記事だったんだけど、どこぞの記者が見つけて嗅ぎまわったか、自殺した男の身内がマスコミにリークしたのかもな」