その日の夕方。

 今日は先日分析から返って来た自殺の彼の尿と血液、胃の内容物を確認して、文書化する作業に追われていた。血液の分析結果は、左心の血液と右心の血液からもそれぞれアルコールが検出され、胃内容物からも同じく検出。乱用薬物のスクリーニング検査では血液からは薬物は検出されなかったが、薬毒物検査では胃と血液共にベンゾチアミン系の睡眠薬が検出された。尿中薬物検査もアルコールが陽性。つまり彼は飲酒状態で睡眠薬を飲んだと言え、飲酒による皮膚血管の拡張と睡眠薬による代謝の低下が二重に低体温を誘発して、凍死になりやすくなったということだった。

 しかしこの状況で、殺人? どうかしている、と僕は呆れていた。人間というものはこんな不確実な殺しをしないものなのだ。凍死を狙った自殺未遂というのはよくある。大量の睡眠薬と飲酒のあと、真冬の山中などでそれらは起きることがある。彼らは苦しまずに死ねるという自殺サイトなどの情報を鵜呑みにして、睡眠薬で眠りつつ雪の中で凍死をしようとしたが、あまりの寒さに睡眠薬が代謝されず、5時間後目覚めたら死んではいないし手足は凍傷になりかけていて生還後大変苦しんだ話とかが目白押しだ。

 自殺に見せかけ確実に殺して証拠を残しにくい方法なら、出血しない絞殺、溺死、毒殺などを選ぶだろう。頭がまともなら。例外は、殺人者の頭が大変悪い場合である。確実に死ぬ、という選択肢より、自分がどこかで見聞きしたよくある自殺の方法を採用するような判断力のない人間の殺人なら、凍死に偽装するというのも考えられないことはない。
 そこらへんも幸村さんはわかっているだろう。それをくつがえせるような怪しい形跡とはなんだろう。

 幸村さんは、やはり皆が帰宅したあとの夕方6時頃にスタッフルームを訪ねてきた。忙しいからというだけではなかろう。部屋には残業中の僕一人だった。

「お疲れ〜」

 多少疲れた様子の幸村さんは戸口から少しだけ微笑んだ。僕は再度パソコンに向かい、それ以上目を合わせるのを避けた。

「お疲れさまです」
「案外早く会えたな」
「まぁ」
「倒れたって?」
「ええ」

 昨日ここに連絡があったから知っているんだろう。説明が面倒だった。幸村さんはいつものように、隣のデスクの椅子に腰掛けた。