翌朝起きてみると、佐伯陸は忽然と姿を消していた。僕に追い出されず自分から出て行くとは珍しいことも有ったものだ。ちょっとの間は面倒が減ったかのような気になったが、いつもと違う佐伯陸の行動に次第に違和感が湧き上がってきた。ヒマで自暴自棄な人がこの状況で何をしでかすのかと言えば、大概はろくなことにならないだろう。しかし自分で「好きにすればいい」と言った手前、今後の行動に口を出すことは出来なかった。する気力もないが。
 枕元の携帯のメールの着信が点滅しているのに気づき、開いてみると佐伯陸からだった。

『裕さんへ♪
泣かせてくれてありがとう(*´ω`*)
迷惑かけてごめんなさいm(_ _)m
裕さんのために僕が出来ることがあったらします。
またね(^^)/』

 つまり、ドクター清水の件を幸村さんにタレ込むってことか? それなら今日中にも佐伯陸は幸村さんに連絡している可能性がある。つまりそれは…全部考えなしの清水先生が悪い。僕はそれ以上もうなにも考えたくなかった。あまりにもいっぱいいっぱい過ぎる。誰がどうなろうと知ったことか。

 寝起きでぼんやりと状況を把握していると程なく電話が鳴り、電話に出ると堺教授だった。大丈夫かと訊かれ、はい、と答えた。出勤します。無理しないでよ。はい、わかってます。と、いつもの会話が展開され、電話は切れた。僕はシャワーを浴びて朝ごはんを食べ、それから出勤の支度をした。

 仕事場に着くと、堺教授が待っていて、昨日の状況を僕から事情聴取した。

「昨日の血液検査の結果は一週間後だけど、頭の中身は画像では大丈夫だったから一応復帰ということでね」
「すみません。ご迷惑おかけしました。多分、精神的な疲労によるもので、なにか器質的な問題ということは無いと思います」
「だといいんだけど。この前の、ほら、半分独りでやった解剖さ。あれ自殺だったでしょ?」
「はい。間違いないと思いますが、なにか問題でも?」
「アレ以来、疲労感が続いてるというかさ、なんというか、いつもより回復が遅いよね、岡本くん」
「まぁ…ええ」

 そう見えてるのか、と僕は又しても感心した。原因をそう思っててくれればいい。

「その件なんだけど、昨日身元が割れたって。その自殺の彼のね。昨日の午後に君が帰ってから幸村警部補から連絡があった」
「ああ、そうなんですか」
「家族から捜索願が出てたのがキッカケでわかったって」
「どなたか身元の確認に来たんですか?」
「奥さんが来たそうな」
「結婚していたんですね」

 頭の中で彼のつぶやきがリフレインしていた。

(行くな)
(俺を置いて行くな)

「それがさ、なんというか、ね」
「なにか?」

 自殺事件についての教授の話は、なぜかその先も続いた。