「言ってどうするの」
「なんで? 裕さんのこと浩輔が一番愛してるんだよ? 浩輔が絶対に守ってくれる」
「なにも起きてないのに?」
「嘘だ」
「何も起こしたくないなら、幸村さんを巻き込むな。迷惑だ」
「言わないつもりなの?」
「当たり前でしょ。付き合ってもないのに」
「なんで? 全然わかんない」
「余計なことしたら、その時は僕はこの街から出て行く。誰にも知られないところに」
「どうして? 裕さんが出て行くなんて間違ってる」
「引っ掻き回す味方と引っ掻き回す敵と、どっちが危ないかわかる?」
「知らないよ」
「じゃ、好きにすれば?」

 もういい加減どうでも良くなってきたので、僕はこの件を収拾するのをやめた。ここまでどうでも良くなってるとは自分でも思わなかったが、その自暴自棄さ加減が時間が経つにつれて加速している気がした。佐伯陸のやり方でいくと、僕を含め何人かの大人が社会的に葬られる可能性もあるのだが、それはそれでもうどうしようもない気もしてきた。

 小島さんが昔言っていた、「思いも掛けないところで望んでもいないのに、炉の中に放り込まれて溶かされて、打たれて、勝手に形を変えられていく」、それが人生だ。小島さんはそれから僕を守りたかった。僕も結局小島さんという父親の気持ちを再現していると言っていい。はっきりいってそれは過保護なんだろう。僕は今、将に炉の中にいる。ドクター清水という鍛冶屋にこれから打たれ、勝手に形を変えられていくのだ。しかし勝手に変えていくその先に、僕が本当に望んだ未来があったら? この世で生きて行くふりをするためのかりそめの目的ではなく、真の欲望がそこにあったとしたら?

(好きにすればいい)

 僕は自分にそう言ってあげることが今一番必要なんじゃないのか? 社会の規範や道徳から僕の精神も肉体も欲望もズレている。生まれた時からこの世には馴染まない心と身体で、僕はあの日から苦悩の多い日々に投げ込まれた。僕はもう誰かのために生きることに疲れきったのかも知れない。それがたとえ、僕の大切な人たちだとしても。
 皆、好きにすればいい。佐伯陸が僕を守りたかったらそうすればいい。ドクター清水も自分の好きにやっている。幸村さんなどそれの最たるものだ。どのみち、皆、自分の好きに生きているのだ、結果がどうあろうとも。僕だけ遠慮することはないだろう。

 好きにすれば? のあと、佐伯陸は押し黙った。諦めるのか、それとも作戦を考えているのかは僕にはわからなかった。だが、佐伯陸には感謝せねばと思った。少なくともドクター清水から脅されている無力感と絶望感は少し和らいだ気がした。