布団の中で背中を向けていた僕にしがみついて、佐伯陸は背中に顔を埋めていた。少しすると彼が泣いているらしいことがわかった。好きにすればいい、というのはベッドに入られたこの後に及んで変わらないので、そのまま僕は放っておいた。吸う息と吐く息の震え、鼻をすする音、喉の奥から時々聞こえる嗚咽のかけら。そんな振動が僕の背中から肺の空洞に響いた。しばらくして佐伯陸がかすれた声で僕に言った。
「なんで泣いてるのかって、訊かないんですか?」
「悲しいからだろ」
「ボクのこと、嫌い?」
「嫌いとか好きとか…わからないって」
「でも迷惑でしょ?」
「うん。それは」
「今も?」
「まあね。眠りたいから」
「ボクが泣いてると眠れない?」
「うん。背中に響く」
「泣くなんて…思わなかった」
そうなんだ、と僕は意外に思った。
「泣くつもりじゃなかった?」
「もう泣いたから。あの日に。終わったって、思ってた」
「誰かが居るから初めて出る涙ってものはある、と思う」
僕は寺岡さんの前で大泣きした夜のことを思い出しながらそう言った。また涙声になった佐伯陸が無理に笑いながら僕に言った。
「裕さんはさ、泣くと優しくなるね」
「それは錯覚だよ」
「ううん。ちょっとだけボクを見てくれる」
「ずるいな」
「わざとじゃない」
「わざとじゃなくても君は出来るから、それが」
「じゃ、ボクが、エラいんだね」
「そうかもね」
僕がそう答えると、佐伯陸は耐え切れなくなって嗚咽を漏らし、僕の背中に頭をぶつけながら口走った。
「淋しいよぉ…生きてるのって…なんでこんな淋しいの?」
「生きてるのは淋しいよ。僕と一緒に居ると、もっと淋しくなるよ」
「いや…だ…裕さん、ボクのこともっと見て? 裕さん…! ねぇ、ねえったら!!!」
あとは号泣だった。泣き声の中で涙でグシャグシャの佐伯陸の右手が僕の腕に這い、肘を越えてその先の僕の手を探しているようだった。きっとこの手を僕から握ってあげれば、佐伯陸は今は慰められるのだろう。してしまうのは簡単なはず、だった。だが簡単なはずのそれをする余力は僕には残っていないようだった。僕の手に届かない佐伯陸の指が、諦めて僕の手首を握りしめる。だが握りしめるものがあるだけでも、佐伯陸は特別扱いに等しい。もしかするとまた佐伯陸は僕の頸を絞めてくるかも知れない。この激情の中では、佐伯陸だったらそれくらいはしてしまえる。ひょっとすると無理心中までにも。確率は低いが、だが可能性はあるかも知れない。
それももう、どうでもいいな。防衛をする気力も意志もないのだとわかる。そうなったらそれでいい。清水先生はがっかりするだろうけど。佐伯陸への嫉妬で悶死するかもしれない。それは自殺ではないだろうな。
背中ではいつの間にか引き泣きになっている。佐伯陸の嗚咽が少し静かになった。だんだん意識が遠のいていく。本当に眠かったのだろう。どうでもいい…どうでも…



