「死ぬのって、気力要りますよね」
「うん。あれは突き抜けたエネルギーが必要なんだよ」
「いろいろどうでも良くなっちゃった」
「いいんじゃない?」
「こういうの、自由っていうのかなぁ」
メールに書いてあったことをそのまま佐伯陸はなんのひねりもなく繰り返した。
「さあね」
「自由って虚しいですね。ボクは感情とか関係とかに囚われていたほうがマシ」
この世で本当に自由というものに放り込まれたら、自分がなにもかも決めなくてはならない。生きることについてモジベーションの低いタイプの人間には、自由は茫漠とした荒野にしか見えない。欲望の強さがその推進力であり、欲望の種類がその舵を切る。僕にもそれは荒野だ。僕は死にたい。モジベーションはそれだけ。だが自殺でなく能動的に死ぬには、荒唐無稽とも言える非常に複雑なプロセスが必要だ。
「君には欲望がいろいろあるでしょ? 困らないと思うよ。セックスでもなんでもしたいようにしたらいいんじゃない?」
「その結果がこの状況ですけどね。あはは」
佐伯陸は無邪気に笑った。
「取り敢えず、したいことしてみました」
「ああ、そう」
「裕さんのほうが重症って感じ」
「だから、なにが?」
「だって倒れたんでしょ?」
「仕事で疲れきって、おまけに寝不足でね」
「死んじゃうんですか?」
「え、なんで?」
いきなりのある意味適切な質問に、僕は面食らった。
「僕はもう死んでるんだし」
「でも、生きてる」
「これ以上何もないよ」
「一瞬たりとも、ボクの方、見てくれないもん」
「いつもそうだけど」
「そうだけど!」
佐伯陸はふくれて呟いた。
「それでも裕さんは見てくれてたの。なんやかんや言って」
そして僕の目をじっと見た。
「もう、この世にいないの?」
「どうして?」
「上の空、だから」
佐伯陸も田中さんも、僕の意識の在処について大変正確に見ているようだった。人間の観察力ってすごいな、と僕は素直に感心した。
「否定は、しない」
「屍体、じゃなくて、死刑囚みたい」
僕にはそれに返す言葉はなかった。しばらく沈黙が続いた。
「いろいろあるんだよ」
「わかるけど」
「疲れてるんだ。もう少し寝たい」
「じゃあ、一緒に裕さんのベッドで寝ます」
「…好きにしたらいい」
なぜか佐伯陸は泣きそうな顔でうつむいた。
「はい。好きにするしか、ボク出来ませんから」
僕は無言でキッチンに行き水を飲んだ。その間に佐伯陸は細身のジーンズとセーターを脱いで、長袖Tシャツとピンクのレースのビキニブリーフだけになっていた。



