僕を止めてください 【小説】



「ところで、例のあれかい? あの君の取説に書いてあった…なんだっけ? 頸動脈反応? だったっけ」
「頸動脈洞過敏症候群です」
「ああ、それそれ」
「多分。ちょっと息苦しくて襟のあたりを掴んでいたみたいです。自分でやっちゃったらしいんで…すみません」
「今日、調子悪いの? なんか朝から上の空っていうか。気が抜けてたみたいだったけど」

 田中さんにまで放心していることを見抜かれていた自分が不甲斐なかったが、まぁ仕方ない。それくらいの出来事だったのはわかりすぎるくらいわかっている。

「昨日、残業だったんで。来客が重なってて遅くなったから、消耗したみたいです」
「あ、そう。でもあんな岡本くんの様子は、私が知ってる限りじゃ初めてなんだけど」
「解剖だったらいくら忙しくてもまぁ…平気なんですが。接待はホント苦手で」
「まぁね。知ってるけどさ」

 思ったよりも田中さんは僕の職務態度についてよく見ているようだった。田中さんとは職務上の話以外しないし、特に僕に興味があるような風を見せてはいなかった。他のスタッフともあまりおしゃべりをしているのも見かけないし、淡々とした菅平さんを無口で温厚なおじさんにした、というくらいの雰囲気の人だった。

「上の空でしたか。今後気をつけます」
「いやいや、具合悪いんだったら仕方ないしね。息苦しいのって初めて?」
「いえ、何度かあると思います」
「でもさ、別の病気の前兆かも知れないから、ちゃんと検査してもらったほうが良いかもよ。とにかくMRI行こうか。放射線科の窓口には先生から連絡が行ってるって。起きたら連れて行ってって言われてるから」
「ああ、はい。わかりました」
「じゃあ、歩ける?」
「立ってみます」

 ベッドから下りて歩いたが、あまりふらつきもないのを見た田中さんは、そのまま僕を放射線科の窓口まで付き添ってくれた。放射線科、という言葉が彼を思い出させた。また少し苦しくなる。そのまま検査になった。結果は異常なし、だった。そう、写るはずもない。壊れてるのはメンタルの方だから。