僕を止めてください 【小説】




 青いモニターが浮かび上がる薄暗いドクター清水の部屋で、彼の饒舌過ぎる狂った告白を聴きながら絶望と恥辱に頭の先まで沈められていたその時でさえ、その打ちのめされた僕とはまるで別人かと思うような、胸の奥深くの激しい渇望。その疼きは全てを塗りつぶすような絶望と嫌悪感の隙間でさえも掻き分けて、僕の意識に繰り返し繰り返し浮上しては囁いた。

「ほんとう…だ…清水センセ…ぼくは…殺され…たい…」

 気持ちを確かめるように、僕はいつの間にか呟いていた。そして僕は医者の皮をかぶった、僕を殺すためにだけ生きている頭のイカれた変質者について初めて客観的に思いを巡らせた。パニックが少しづつ冷めていく。その下から事態の本質が見えて来るような気がした。

 彼は、僕を、本当に殺してくれる。

 小島さん、寺岡さん…もうあなた達は大丈夫でしょ? 愛があるから、二人で支えあって生きていけるでしょ? ああ…そうだった…母のこと、寺岡さんにお願いしなきゃ。きっとうまく慰めてくれる。遺書は必要だ。

 ああ、もうのいいだろう。考えることにも死なない努力にももう飽きた。誰の礎にも、誰の防波堤にもなることなんかない、いや、僕は誰の防波堤にもなれやしない。時は来たのだ。死神を刈り取る死神が今宵僕に贈られた。幸村さんの顔がよぎった。今までありがとう。邪険にし続けてごめんなさい。だが、自分の一番の望みを僕は僕自身に差し出す。今度は佐伯陸が彼を慰める番だろう。

 差し出さなくても、どうせ逃げられないのだ。逃げられないとは、有り難いことだ。無駄に考える必要がない。

 困難極まりないジグソーパズルの最初で最後のピース。神が僕を抱きしめて微笑みかけてくれる聖しこの夜、それが今夜なのですか。骸骨の顔をした聖母ムエルテよ。自由か、死か、と僕はかつて願った。でも考えても見て下さい。死が自由なんです、僕には。

 失った至福が還ってくるのだ。

「あは…あはは……」

 僕はひとりでに笑っていた。祈りは届くんだ。人生で初めて笑った気がした。