暗がりの中で家のドアをバタンと閉めるとかばんがスルッと肩から玄関に落ちた。それを拾う気力はなく、靴を脱いだことも曖昧なうちに、服のままベッドに沈みこんだ。

 夜明け前の冥い自分の部屋で僕は絶望に押しつぶされて倒れていた。虫カゴの中のシデムシ、それが今の自分。捕まったのだ。逃げられない相手に囚えられてしまった。僕を陰ながら支援してくれていたと思っていた優秀な医師は、僕の捕食者だった。

 不意にあの動画が蘇ってくる。見せられた時と同じ、皮膚の下を虫が這いずるような感覚と嫌悪感が瞬時に湧き上がり、僕は呻きながら自分の頭を掻き毟った。そして絶望が再び頭の中を支配した。もうこれで完全に僕は彼の言いなりなのだろう。児童ポルノとして警察に訴えることは可能だ。しかしそれをやったときに彼がどこまで僕の周辺の問題を暴くことになるのかを考えると、それは現実的ではないということはわかった。

 少なくとも僕と幸村さんの関係を警察やメディアに暴露されたら…そう思うと更に絶望が倍加された。僕の関わる社会に亀裂を入れることと、僕が独り、ひっそりと自滅するのとでは、確実に僕は後者を選ぶ。これは選択の余地がない選択でもあった。清水先生の一人勝ち。いや、彼は今までの人生のすべてを僕に賭けてたんだ。それは一人勝ちでも許されるのかも知れない。

 自らの人生の全てを賭けて、僕を殺すために生きて、僕を探して彷徨してきた人。それは言うならば佳彦と全く反対の人生と言えた。それはつまり…諦めていた願いが叶うのだろうか。ポータルのありか、カギの開け方、僕はそこに行けばいい、それだけ? ああ、気が狂いそうだ。僕がはるか昔に望んだことがこんな風に現実を侵食しているなんて。

 呪いを解くよりも、僕が自分を…死を取り戻す? いや、これが呪いを解く鍵なのか? 彼は、ドクター清水は言った。 僕に帰るはずの死が戻れなくなって、周りに感染し始めるんだと。そしてそれは誰でもない、佳彦のせいなんだと……殺してくれなかった、彼の…せい…

 不意にあの頃の眠れない夜に悶えて苦しんで自分の手首を切ろうとした感覚が甦ってきた。