僕を止めてください 【小説】




 ドクター清水の異常な感情の失禁を目の前にして、僕はまた胸のどこかに潜んでいる罪悪感を思い出した。佳彦に悪魔と言われた日のこと、隆が自殺未遂した日のこと、寺岡さんが自爆みたいに隆に告白した日のこと、佐伯陸に首を絞められた日のこと、トミさんが車で谷底に突っ込みそうになった日のこと…そして、今。

「そして唐突に僕は理解した。君をAiセンターのメンバーにすればいいって。僕は無駄なことはひとつもしてなかったことに気づいた。なんて僕はバカなんだろう。動転していてまともに考えられなくなってただけだって…僕は自分で布石を打っていた。仕事上の関係で君に近づき、そしてだんだんと打ち解けていけば、僕はいつか君が僕にとってどんな存在かを打ち明けられるだろうって。僕はどんなタイミングで君に会いに行けるかを計画し始めた。ゆっくりでいい…ゆっくりで…そうだよ…僕だって君とこうやって会うまでは、もっとまともに今日っていう日を考えていたさ…でもダメだった…途中まで平気なフリしてた。必死でね。でも法医学教室のあの部屋で君が僕に話し掛け、君が僕を見ているだけで、僕は頭がおかしくなりそうだった! それでこのザマだ…呆れると良いよ…ダメだったんだ…ダメだった…ほんとにどうにも出来なくて…ほんとうに頭がオカシクなった…嘘をついてしまった…抱きしめてしまった…君をここに連れて来てしまった…あの動画を無理矢理見せてしまった…それでも、僕が君に触れられないとしても…君が震えて僕から逃れようとしていたとしても…! 僕はいまこの瞬間が最高に絶望的なのに、最高に幸せなんだよ!」

 馴染んだ感情がいつもの僕を意識上に押し出した。気が狂いそうなのは僕も同じだった。どうにかしてこの人の陶酔に亀裂を入れなければならない。僕も砂の中に頭を突っ込んでいるダチョウだった。目の前からいなくなればいい…この人もあの動画も古い記憶も何もかも。

「あなたは…しらないから」

 いつもの警告が発せられようとしていた。

「なに? 裕くん? 僕に…僕になにか言ってくれるの? なにか君が話してくれるの!?」

 ドクター清水はすがるような目で僕に尋ねた。あなたの期待するようなものでは決してないそのことについて。

「清水先生…聞いて下さい…僕に関わると、みんな不幸になるんです。最悪、死んでしまう」

 それを聞くと彼はうっすらと微笑んだ。